Section_2_4c「今度、また一緒に……」
## 6
夕方四時頃、ようやく航が図書室に戻ってきた。
でも、彼の表情は朝よりもさらに疲れているように見えた。
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
私が挨拶を返すと、航は小さく頭を下げただけだった。
相変わらず、よそよそしい感じがする。
「クラスの方は落ち着いた?」
「はい、なんとか……」
なんとか。
あまり詳しく話したくないような様子だった。
「展示、見てもらえますか?」
「もちろんです」
航が私たちの展示を見て回る。
でも、その様子がなんだか義務的で——
まるで、仕事を確認しているような感じだった。
「よくできていますね」
「ありがとうございます」
私も、同じようによそよそしい返事をしてしまう。
なんで、こんなことになってしまったんだろう。
朝は、あんなに楽しみにしていたのに。
「あの……」
航が口を開く。
「今日は、ありがとうございました」
今日は、ありがとうございました。
まるで、もうお別れのような言い方だった。
「え?」
「僕、これで失礼させていただきます」
失礼させていただきます?
「もう帰るの?」
「はい。クラスの後片付けがあるので」
後片付け。
でも、文化祭はまだ終わっていない。
「でも、まだ一時間以上あるよ?」
「すみません。どうしても、僕がいないといけない作業があるんです」
またその理由だった。
僕がいないといけない作業。
本当にそうなのか、それとも——
私から逃げたいだけなのか。
「そう……」
「それでは」
航が去ろうとする。
でも、このまま終わらせるのは嫌だった。
「航くん」
思わず声をかけてしまう。
「はい?」
振り返った航の表情は、やっぱり疲れていて——
そして、どこか申し訳なさそうだった。
「今度、また一緒に……」
何かを言おうとしたけれど、言葉が続かない。
一緒に何をしたいのか、自分でもよくわからなかった。
「すみません、急いでいるので」
航は私の言葉を遮って、足早に図書室を出て行った。
残された私は、一人でその後ろ姿を見送るしかなかった。
## 7
「どうしたの、奏ちゃん?」
彩乃が心配そうに近づいてくる。
「なんでもない……」
「なんでもなくないでしょ。すごく落ち込んでるじゃない」
落ち込んでる。
確かに、そうかもしれない。
「中村くん、なんだか様子が変だったね」
木下くんも気がついていたらしい。
「うん……」
「何かあったのかな」
何かあったのか。
私にもわからない。
でも、確実に言えるのは——
今日の航は、いつもの航じゃなかった。
「もしかして、奏ちゃんが何か怒らせるようなことしちゃった?」
彩乃が聞いてくる。
「してないと思う……」
本当に、何も思い当たらない。
この二週間、私たちは楽しく一緒に作業をしていたはずだった。
少なくとも、私はそう思っていた。
でも、もしかしたら——
航にとっては、そうじゃなかったのかもしれない。
「きっと、クラスの方で何かトラブルがあっただけよ」
彩乃が慰めるように言ってくれる。
「そうだよ。映画上映って、けっこう大変だもん」
木下くんも同調する。
二人とも優しくて、私を慰めようとしてくれているのがわかる。
でも、心の奥の不安は消えなかった。
## 8
文化祭が終わって、後片付けをしながら、私は今日のことを振り返っていた。
図書委員の展示は大成功だった。
たくさんの人が見に来てくれて、本に興味を持ってくれた人もいた。
私たちが時間をかけて作ったポップも、みんなに読んでもらえた。
本当なら、すごく嬉しい一日のはずだった。
でも、素直に喜べない自分がいる。
航との間に生まれた、微妙な距離感のせいで。
「奏ちゃん、お疲れさま」
彩乃が荷物をまとめながら声をかけてくる。
「お疲れさま」
「今日は色々あったけど、展示は成功だったじゃない」
「うん……」
「だから、もう少し嬉しそうな顔してもいいんじゃない?」
嬉しそうな顔。
そうしたいのは山々だけれど——
「大丈夫。きっと、航くんも明日になったら普通に戻ってるよ」
明日になったら普通に戻ってる。
本当にそうだろうか。
「でも、もし戻ってなかったら……」
「戻ってなかったら?」
「私、何か間違いをしたのかもしれない」
間違い。
何の間違いかはわからないけれど、きっと私が何かしてしまったんだ。
「そんなことないよ」
彩乃が断言する。
「奏ちゃんは何も悪いことしてない」
何も悪いことしてない。
でも、それなら——
どうして航は、あんなによそよそしかったんだろう。
家に帰る道すがら、そんなことばかり考えていた。
今日という日は、もっと特別な一日になるはずだった。
航と一緒に展示を見て、来場者の反応を喜び合って——
もしかしたら、何か新しい展開があるかもしれないと、少し期待していた。
でも、現実は全然違った。
航は最低限の時間しか図書室にいなくて、私との会話も事務的で——
まるで、関わりたくないような態度だった。
これが、恋の終わりということなんだろうか。
まだ始まってもいないのに、もう終わってしまうのだろうか。
そんなことを考えながら、私は暗い気持ちで家に向かった。
今夜は、きっと眠れそうにない。
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