Section_2_3c「奏ちゃんの恋を成功させるための特訓よ」

## 5


次に連れて行かれたのは、カラオケボックスだった。


「なんでカラオケ?」


「ここが今日のメイン会場」


メイン会場?


個室に入ると、彩乃が荷物から何かを取り出した。


それは、手作りらしい小さなノートだった。


「これ、何?」


「『告白シミュレーション作戦』のマニュアル」


告白シミュレーション作戦?


「は?」


「奏ちゃんの恋を成功させるための特訓よ」


特訓って何それ。


「彩乃、何を考えてるの?」


「考えてるって、奏ちゃんのためを思ってよ」


私のため?


「文化祭まであと二週間でしょ? そろそろ本格的に行動に移さないと」


行動って……


「告白のこと?」


「そう。告白」


彩乃が断言する。


「でも、私まだ——」


「まだじゃないの。もうバレバレなのよ、奏ちゃんの気持ち」


バレバレ?


「そんなことない」


「あるわよ。中村くんのこと好きでしょ?」


好き。


その言葉をはっきり言われて、ドキッとする。


「それは……」


「それは?」


「わからない」


「わからないって、自分の気持ちでしょ?」


自分の気持ち。


確かに、航のことを考えるとドキドキする。


一緒にいると楽しいし、彼の言葉に心を動かされる。


でも、それが恋なのかどうか——


「まあ、気持ちの整理は後でもいいわ。とりあえず、告白の練習をしましょう」


告白の練習?


「そんなの恥ずかしいよ」


「恥ずかしいからやるのよ。本番で恥ずかしがってたら、何も伝わらないでしょ?」


確かに、そうかもしれない。


でも、告白の練習なんて——


「私が中村くん役をやるから、奏ちゃんは自分役で」


彩乃が急に表情を変えた。


なんとなく、航っぽい雰囲気になっている。


「はじめまして、僕は中村航です」


なんか似てる。


「どうしたの、笑ってちゃダメよ。真剣にやって」


「でも、なんか可笑しくて……」


「可笑しくない。これは真剣な特訓なの」


彩乃が本気モードになっている。


## 6


「じゃあ、シチュエーションを設定しましょう」


彩乃がノートを開く。


「文化祭の展示が終わった後、二人きりになったとき。そこで告白する設定で」


文化祭の展示が終わった後。


具体的すぎる設定だった。


「で、なんて言うの?」


「えーっと……」


いきなり言えと言われても、困る。


「『航くん、実は……』から始めてみて」


「航くん、実は……」


「実は?」


「実は……その……」


言葉が出てこない。


「だめね。もう一回」


「えー……」


「『航くん、実は私……』」


「航くん、実は私……あなたのことが……」


「あなたのことが?」


「……好きです」


やっと言えた。


でも、すごく小さい声だった。


「声が小さい。もっとはっきり」


「恥ずかしいよ」


「恥ずかしがってちゃダメ。相手に聞こえなかったら意味がないでしょ」


確かに、そうだ。


「もう一回。今度は相手の目を見て」


彩乃が私の顔を見る。


「航くん、実は私……あなたのことが好きです」


今度は、まあまあの声量で言えた。


「うん、今度はいい感じ。でも、もう少し感情を込めて」


感情を込める?


「どうやって?」


「例えば、なんで好きになったのか、その理由も一緒に伝えるとか」


理由。


航のことを好きになった理由——


「航くんの、優しいところが好きです。本を読んでいるときの真剣な表情も、書いてくれた文章も、全部素敵で……だから、好きになりました」


気がついたら、本当の気持ちを言っていた。


「あ……」


「今の、すごく良かったよ」


彩乃が拍手をしてくれる。


「本当に?」


「本当。心がこもってた」


心がこもっていた。


「でも、恥ずかしくて死にそう」


「慣れよ、慣れ。もう何回かやってみましょう」


え、まだやるの?


「今度は違うシチュエーションで」


彩乃がノートをめくる。


この子、どれだけ準備してきたんだろう。


「次は、図書室で二人きりのとき」


図書室で二人きり。


それは、よくある状況だった。


「いくわよ。『綾瀬さん、今日もお疲れさまでした』」


彩乃が航になりきっている。


「あ、はい。お疲れさまでした」


「それで?」


「えーっと……『航くん、お話があります』」


「何でしょうか?」


「『実は……』」


また詰まってしまう。


やっぱり、告白なんて無理だ。


## 7


一時間ほど「特訓」を続けた後、私たちはカラオケボックスを出た。


「お疲れさま」


「疲れた……」


本当に疲れた。告白の練習なんて、こんなに疲れるものだとは思わなかった。


「でも、だいぶ慣れたでしょ?」


慣れた、かな。


最初に比べれば、確実に言いやすくなった気がする。


「彩乃、なんでこんなことしてくれるの?」


「なんでって、親友でしょ?」


親友。


「親友だからって、ここまでしてくれる?」


「当たり前よ。奏ちゃんの恋を応援するのが、私の使命なの」


使命って、大げさな。


「でも、彩乃はどうなの?」


「私?」


「彩乃こそ、恋とかしないの?」


そう聞いた瞬間、彩乃の表情が一瞬変わった。


「私は……今は恋愛より、友達の恋を応援することの方が楽しいかな」


友達の恋を応援することの方が楽しい。


なんだか、少し寂しそうに聞こえた。


「本当に?」


「本当よ。奏ちゃんが幸せになってくれれば、私も嬉しいし」


私が幸せになってくれれば。


彩乃は本当に優しい。


「ありがとう」


「どういたしまして」


彩乃が笑顔を向けてくれる。


でも、その笑顔の奥に、何か隠しているものがあるような気がした。


「今日買ってもらった服とか化粧品、大切に使うね」


「使うっていうか、実際に着る機会を作らなきゃ」


着る機会。


「デートとか?」


「デートじゃなくても、告白のときとか」


告白のとき。


想像しただけで、また胸がドキドキする。


「本当に告白するかわからないよ」


「するわよ、絶対。奏ちゃんの気持ち、もう十分育ってるもん」


十分育ってる。


自分の気持ちが育っているなんて、考えたことがなかった。


でも、確かに航のことを思う気持ちは、日に日に大きくなっている気がする。


「勇気が出るかな」


「出るわよ。その時が来れば、きっと」


その時が来れば。


いつ、その時は来るんだろう。


文化祭まで、あと二週間。


もしかしたら、その時は意外と近いのかもしれない。


## 8


家に帰ってから、今日買ってもらった服と化粧品を改めて見てみた。


ワンピースを着て、鏡の前に立つ。


やっぱり、いつもの自分と違って見える。


こんな服を着て航の前に現れたら、彼はどんな反応をするだろう。


驚くかな。


それとも、気づかないかな。


化粧品も使ってみる。


お店でやってもらったメイクを再現するのは難しいけれど、なんとなく雰囲気は出せた気がする。


鏡の中の自分を見て、ふと思った。


もしかして、これが「恋をしている女の子」の顔なんだろうか。


頬が少し赤くて、目がいつもより輝いて見える。


確かに、これまでとは違う。


彩乃の言う通り、私の気持ちは確実に「育って」いるのかもしれない。


でも、それを航に伝える勇気があるかどうかは、まだわからない。


読書記録ノートを開いて、今日のことを書こうとする。


でも、今日は本のことじゃなく、恋のことを書きたい気分だった。


『今日、親友が恋の特訓をしてくれた。

告白の練習なんて、すごく恥ずかしかったけれど、なんだか心の準備ができた気がする。

自分の気持ちを言葉にするのって、こんなに難しいんだなと思った。

でも、いつかは伝えなければいけない時が来るのかもしれない。

その時、私は勇気を出せるだろうか。』


書き終えてから、ノートを閉じる。


窓の外を見ると、星がきれいに見えていた。


明日はまた、航と一緒にポップ作りをする。


今日の特訓の成果が、何かの形で現れるだろうか。


そんなことを考えながら、ベッドに入った。


今夜は、きっと航の夢を見そうだ。

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