Section_2_3b「でも、着ていく場所がないよ」

## 3


デパートの婦人服売り場で、彩乃は目を輝かせながら色々な服を見て回った。


「これ、奏ちゃんに似合いそう」


彩乃が手に取ったのは、淡いピンクのワンピースだった。


「ピンクは似合わないよ」


「そんなことない。試着してみよう」


「え、いや——」


「いいから、いいから」


半ば強引に試着室に押し込まれる。


仕方なく試着してみると、思ったより悪くない。


「どう?」


試着室から出ると、彩乃が待ち構えていた。


「あー、やっぱり似合う」


「そうかな……」


「そうよ。すごく可愛いじゃん」


可愛い。


鏡を見ると、確かにいつもと違う自分がいる。


「でも、着ていく場所がないよ」


「あるでしょ」


「どこに?」


「デート」


デート?


「デートなんてしないよ」


「今はしなくても、今度するかもしれないじゃん」


今度するかもしれない。


「しないと思う」


「わからないよー。人生何があるかわからないもん」


彩乃がにやにやしている。


この子、やっぱり何か企んでいる。


「これ、買おうよ」


「高いよ」


「大丈夫。今日は私が奢るから」


奢る?


「なんで?」


「理由は後で教える」


理由は後で。


ますます怪しい。


でも、彩乃の申し出を断るのも悪い気がして、結局そのワンピースを買うことになった。


## 4


服を買った後、彩乃は私を化粧品売り場に連れて行った。


「今度はメイクの勉強」


「メイクって……私、普段そんなにしないよ」


「だからよ。もったいない」


もったいない?


「奏ちゃんって、素材はすごくいいのに、活かし切れてないのよね」


素材はすごくいい。


そんなふうに言われたのは初めてだった。


「本当に?」


「本当よ。ちょっとメイクするだけで、全然違って見えると思う」


美容部員のお姉さんに声をかけて、彩乃は私にメイクをしてもらうことにした。


「ナチュラルメイクでお願いします」


「承知いたします」


お姉さんが手際よく私にメイクをしていく。


ファンデーション、アイシャドウ、チーク、リップ——


普段は面倒くさがってほとんどしない工程を、一つ一つ丁寧にやってもらう。


「はい、完成です」


鏡を見て、思わず息を呑んだ。


そこにいたのは、いつもの自分とは全然違う女の子だった。


「すごい……」


「でしょ? 言ったでしょ、素材がいいって」


彩乃が得意げに言う。


「この化粧品、全部で二万円になります」


二万円?


高すぎる。


「やっぱりやめます」


「だめよ。これも私が買うから」


また彩乃が奢ると言い出した。


「なんで彩乃がそんなにお金使うの?」


「いいの、いいの。たまにはいいでしょ」


たまには、というレベルじゃない気がする。


でも、彩乃が強引に支払いを済ませてしまった。


「ありがとう……でも、なんで?」


「それは次の場所で説明する」


次の場所?


まだあるの?


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