Section_1_2c「今度、同じ本を読んでみませんか? そして、お互いの感想を話し合ってみるとか……」

## 5


素敵。


航に「素敵」って言われた。


心臓が早鐘を打っている。顔も熱くなってきた。でも、今度は恥ずかしさじゃなくて、嬉しさからくる熱だった。


「ありがとう……ございます」


声が小さくなってしまう。でも、航はちゃんと聞いてくれているみたいだった。


「僕も、綾瀬さんの感想を聞いてみたくなりました」


「え?」


「今度、同じ本を読んでみませんか? そして、お互いの感想を話し合ってみるとか……」


同じ本を読んで、感想を話し合う。


考えただけで胸がときめく。でも、同時に不安にもなる。


「でも、私の感想なんて、たいしたことないですよ」


「そんなことないです。さっきのお話を聞いて、綾瀬さんはとても深く本を読んでいると思いました」


深く本を読んでいる。


そんなふうに言ってもらえると思わなかった。


「航くんこそ、すごく繊細に読んでいるなって思います」


「繊細……ですか?」


「はい。付箋の言葉も、とても美しくて」


航の頬が、ほんの少し赤くなったような気がした。でも、夕日のせいかもしれない。


「ありがとうございます」


図書室に、静かな沈黙が流れる。でも、気まずい沈黙じゃなかった。お互いの言葉を噛みしめるような、心地よい静けさだった。


「あの……」


航が口を開く。


「もしよろしければ、今度の図書委員会の後に時間をいただけませんか?」


「時間……ですか?」


「はい。新刊選定の件で、相談したいことがあるんです」


新刊選定の相談。


仕事の話だ。でも、なぜかドキドキしてしまう。


「もちろんです。委員長として、お手伝いできることがあれば」


「ありがとうございます」


航が微笑む。いつもの無表情とは違う、本当に嬉しそうな笑顔だった。


その笑顔を見て、私も自然と笑顔になる。


「それじゃあ、今日はこれで」


「はい。お疲れさまでした」


航は本を持って図書室を出て行く。私も荷物をまとめて後を追おうとして、ふと気がついた。


さっき航が見せてくれた詩集。


高校生が詩集を自分で買うなんて、やっぱり変わってる。


でも、そういうところが——


(だめだめ、また考えすぎ)


頭を振って、余計なことを考えるのをやめる。


でも、心の奥で小さな期待が芽生えているのを感じていた。


次の図書委員会が、今からとても楽しみだった。


## 6


家に帰る道すがら、今日のことを思い返していた。


航と本について語り合えたこと。彼が私の感想を「素敵」だと言ってくれたこと。そして、次回相談があると言ってくれたこと。


全部が夢みたいだった。


今朝まで、私にとって航は「気になる人」でしかなかった。でも今は——


(友達?)


それとも、もう少し特別な関係?


わからない。でも、確実に距離は縮まった気がする。


家に着いて、自分の部屋に入る。机の上に読書記録ノートを置いて、今日のことを書こうと思った。


でも、ペンを持ったまま固まってしまう。


今日のことを、どうやって書けばいいんだろう。


「航くんと本について話した」だけじゃ、物足りない。でも、本当の気持ちを書くのは恥ずかしい。


結局、いつもよりずっと短い文章を書いた。


『今日、同じように本を読んでいる人がいることを知った。なんだかうれしい』


それだけ。


でも、その「うれしい」という気持ちは、今まで感じたことがないくらい大きくて、暖かかった。


ノートを閉じて、ベッドに横になる。


明日も図書委員の当番がある。航に会うかもしれない。


そう思うだけで、なぜか眠れそうになかった。

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