第3話 ─ 炎に舞う狐火のトリック─

「──それが、千年前の舞台での“初日”だった。」


そう心の中で幕を下ろしたその数刻後。

目の前に広げられたのは、見慣れない筆跡で記された和紙の束だった。


「これが……“占事報告”?」


文字は達筆すぎて読みにくいが、不思議と意味はわかる。難解なはずの陰陽の術語も、どこか既視感があるようにすっと頭に入ってくる。


今出川実朝は隣で、静かに控えている。

彼の目は信頼と敬意に満ちていて──正直、居心地が悪い。


(あくまで俺は“中身・花菊”、でも周囲は“安倍晴明”として見てくるんだよな……)


報告書に目を走らせると、内容はこうだった。


「東の市で連夜続く“狐火”騒ぎ。

人びと恐れをなして市を開けぬ状態が続いております。

地の穢れか、それとも祟りか。

晴明様の御見解を仰ぎたく存じます」


──火の玉。

──市場が止まるほどの混乱。

──祟り疑惑。


(これ、現代なら“人為的なイタズラ”とか“気象現象”で片付けられそうだけど……)


舞台は平安。人々は“科学”より“妖”を信じている。


(ってことは──こっちがいかにも“それっぽい”理屈で言えば、皆納得するってことだよな)


マジシャンの血が騒いだ。


見えない糸で操る。仕掛けを隠して驚かせる。

本質を見抜いた上で、「信じたいもの」を提示する──それが、マジックだ。


「実朝。この市で騒ぎが起こるのは……決まって夜、だよね?」


「はい。夜半の申の刻から酉の刻にかけてとの報せが」


「じゃあ──明日の夜。実際に見に行こう」


花菊は、笑みを浮かべた。どこかいたずらっぽく、それでいて“術師”の仮面をかぶったような、静かな自信を宿した笑みだった。


「大陰陽師・安倍晴明の名に懸けて、必ずや正体を暴いてみせようじゃないか」


「晴明様のお力添えがあれば、必ずやこの騒動も収まることでしょう。私も全力でお仕え致します。」


──とんでもない世界に来てしまった。でも、

これほど観客が信じて疑わない“マジックショー”も、なかなかない。


(だったら俺が、最高の手品を披露するしかないでしょ。)

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