16怖目 『フスマさん』


 「おばあちゃん、フスマさんが出た!」


 僕は泣きながらおばあちゃんのところへ駆け寄り、そのまま抱きついた。


 「大丈夫。フスマさんは何もしないよ」


 落ち着いた声でそう言うと、おばあちゃんは隙間が開いていた襖を、ピシャンと閉めた。


 「おばあちゃん、フスマさん、どこかに行った?」


 「ああ、行ったよ」


 おばあちゃんは、僕の頭を優しく撫でる。


 「フスマさんって、いったい誰なの?」


 「さあ、誰なんだろうねぇ」


 僕の質問に、おばあちゃんはやんわりと返した。


 「本当に、何もしないの?」


 「何もしないよ。ただ、隙間が開いていると、そこから覗いてくるだけさ」


 僕はゾクッと悪寒が走り、後ろを振り向く。


 さっき閉めたはずの押し入れが、いつの間にか開いていた。


 「おばあちゃん、フスマさんが……!」


 「はいはい」


 おばあちゃんは、ピシャンと押し入れの襖を閉めた。



 フスマさんは、襖の隙間が開いていると、必ずそこにいる。


 きちんと閉めたつもりでも、気づけば襖は開いていて、そこにいる。


 押し入れ、和室の扉、部屋同士の仕切り、小物をしまう天袋や地袋。


 襖がある場所なら、どこにでも現れる。


 「さて、夕食の支度でもしようかね」


 おばあちゃんは、部屋を出て台所へ向かった。


 ――ピシャン、と襖を閉めて。


 僕は振り返り、押し入れに目を向ける。


 「ああ、また開いてる……」


 ジーッと、フスマさんが僕を見つめている。


 黒と白が反転した目で、無表情のまま、ただただジーッと見つめている。


 ――ピシャン。

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