第4話


 王都で一番大きな図書館に足を運んだ。

 見上げるほどの大きな本棚に虫の一匹も入り込めなさそうなほど隙間なく並べられた本。その中から『世界の種族』と背表紙に書かれた本を手に取った。

 俺の指三本分ぐらいのとても分厚い本だ。これはフタツ族のことも載ってそうだ。

 パーテーションで区切られた物静かな場所を陣取り俺は本を開いた。

 

「フタツ族…フタツ族…フタツ族」


 と、ページを開きながら呪文のように小声で何度も繰り返した。うん百ページめくった先にフタツ族のことが記されたページがあった。 

 解剖図が描かれており、基本内臓や諸々は人と変わらないものだった。

 俺は記載された内容に目を落とした。

 


フタツ族は成人(二十歳)になるまで性別をもたない種族である。生まれた時から下腹部に宝石のような綺麗な石が埋め込まれており、大人になると消えてなくなってしまう。

フタツ族同士では生殖行動を行わず、フタツ族の多くはとの間に子供を残す。生まれた子供にハーフという概念はなく、母方か父方の種族になる。

フタツ族が雄か雌になるかは、詳しいことは分かっておらず、一説によると感情が大きく関係しているとされている。

王国建国と同時に大量虐殺されており数を減らしている。



 記載された内容はこれだけだった。あとは解剖図がズラッと描かれている。

 下腹部の宝石といえば、俺とレンが知り合ったばかりの頃、親交を深めようと入浴中のレンに突撃したことがある。その時、男性器じゃなく下腹部を隠していたことを不思議に思っていたんだ。あれは、フタツ族特有の綺麗な石を隠していたんだ。

 この石がなんなのか、成人すれば性別が決まるとあるが、レンにはすでに生えていた。かと思えば、胸がドンドン大きくなり出した。まだまだ分からないことが多すぎる。もう少し、いろいろ調べたい。この本にはこれだけしか書かれていなかったから、別の本を探そう。

 立ちあがろうとした時、俺の肩に誰かが手を置いてきた。


「兄ちゃんフタツ族に興味があるのかい?」


 白髪混じりの髪をオールバックにしたダンディなおっさんが現れた。おっさんは図書館だからか、息も掛かるぐらいの近い距離で耳打ちしてきた。

 俺は鳥肌を立てながら頷いた。


「妻をフタツ族に寝取られたこの私が教えてあげよう。まずは場所を変えようか」


 図書館の出口に向かって歩き出すおっさんについて行った。

 冒険者御用達の酒場の隅の方の席に俺とおっさんはついた。おっさんが店員に一つビールを頼むと「で、何が聞きたい?」とテーブルに肘をついて聞いてきた。


「フタツ族の性別についてだが、成人にならなくてもちんこがついていたり、おっぱいが大きくなったりするものなのか?」


 おっさんは顎髭を触りながら唸った。


「間違った知識だな。フタツ族は別に成人にならなくても性別が決まる。だが、胸が大きくなったからといって、女の子になったわけじゃなく、男性器があるからと言って男になったわけじゃない。ちょっとした環境や感情の問題でフタツ族の体は変化する。言ってしまえば見せかけさ」


 つまりまだ、レンは男でも女でもない状態なのか?いやでも性別が決まった状態とそうでない状態をどうやって見分ける。成人しなくても性別が決まるなら既にレンはどちらかの可能性があるのではないか?


「成人してなくて性別が決まると言ったが、ちんこやおっぱいが見せかけなら、どうやって性別が決まった判断はする?」


「フタツ族は下腹部に石がある。これがなくなっていたら、文字通り雌雄決しておりもうそれ以上体の変化は起きない。ちなみに、メスになった場合、石が体内に埋もれて、オスになった場合は石は体外に出てくる」


 下腹部に石がなかったらレンの性別は既に確定しているというわけか。あのおっぱいの大きさだと確実に女の子だ。


「時に聞くが、身近にフタツ族の知り合いがいるのかね?」


 おっさんが聞いてきた。「あぁ」と俺は答えた。


「ほう、その子はもしや女の子になりかけかな?それとも男の子?」


「正直まだよく分かってない。ちんこも生えてたし男のように振る舞っていたからずっと男だと思ってたんだが、最近になっていきなりおっぱいが大きくなり始めたんだ」


 レンのことだからあんまり言わない方が良かったか?言い終わった後に俺は後悔した。


「ほうほう。男性感情から女性感情に、それはすごい反動だろうね。その子自身もすごく戸惑っていることだろう。どれだけ雄または雌になろうとしても一つの出会いで覆る。それがふたつ族だ。もし相手が君なら羨ましい限りだ」


 おっさんはテーブルに肘をつき、ビールをグイッと喉を鳴らして飲んだ。


「羨ましいってどういう事だ?」


 疑問に思った俺は聞き返した。


「フタツ族は非常に愛情深い。その愛情の深さゆえに生涯でたった一人しか愛することができないほどだ。どんなことだってしてくれる。もしつがいになれたら、天国を見れるぞ」


 ゴクリと俺は唾を飲んだ。

 いや、しかし俺はレンを男としてしか見ていない。どんなに女として見ようとしても過去のあいつがチラつく。あいつは俺の大親友なんだ。フタツ族に愛されてみたいとは思うが、せめてレンじゃない人がいい。


「おっさん随分と主観的だな」


 俺が言うとおっさんは力なく笑った。


「長年妻を見てきたからね。多少気持ちは分かるのさ」


 ズーンと重い空気が流れた。

 アレコレ言ったり、興味本位に何か言わない方がいいかもな。でも正直、寝取られた相手を長年見てきたというのは気になる。おっさんの性癖かな?


「なんかすいません」


 とりあえず俺は頭を下げ謝った。


「気にしなくていい。昔のことだよ。そう、遠い遠い昔のことさ。あれは私と妻が結婚して間も無い時のことだった…」


 え、何その回想の導入みたいなの。聞いても無いのに話し始める気か?そもそも昔のことって言うけど現在進行形だろ。


「家の前に一人の少年…というのもおかしいか?いや、彼は妻と会ったその時から男になっていたのだから少年と言っても差し支えないか。一人の少年が家の前に倒れていた。私達は少年を家で介抱してあげた。それが間違いだった。少年は妻に惚れ急速に雄へと進化していった。少年は私が居ろうがお構いなく妻を熱心に口説いた。時には私に包丁を突きつけて『別れろ!』なんて脅してきたりもした。もちろん私は妻に告げ口したさ。最初は妻も凶行に走る少年を遠ざけていたが、熱心に求める少年に妻の心は移り変わっていき、そして…。私は二人を止めたが、逆に妻に『貴方とそういうことは今後二度としません』と宣言されたよ。私は婿養子でね、いろいろあって妻とは別れられなかったんだ。陰で二人の情事を見ていることしかできなかった。正直男として完敗だったよ。私が我慢できなかった妻の悪癖を少年は我慢どころか愛してみせた。そんな少年にドンドン心移りしていく妻の様は今思い出しても…興奮する」


 おっさんは鼻を大きくして恍惚な表情を浮かべていた。

 持ちつ持たれつ寝取られて、おっさんが幸せそうで何よりだね。夫婦円満の秘訣はある種相性なんだな。知らんけど。

 おっさんの下世話な話は尚もヒートアップしていった。俺はトイレに行くと嘘をつきこっそり会計を済ませて酒場を出た。

 人々の声が行き交う喧騒なメインストリートを考え事しながら歩く。

 大親友が性転換で俺に超ゾッコンの可能性ありか。今更女の子なんて言われても、過去のちんぽこついてるレンがちらついてなんだかなぁ。これも全て男すら惑わせる俺の魅力が悪いのか?

 取り敢えず、レンの下腹部に石があるかどうかの確認だ。石があれば今まで通りになるかもしれない。もし石がなくて女の子が確定した場合、その時はその時考えよう。

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