第3話

 冒険者の仕事で俺とレンは王都近くにある黒染めの森という場所に来ていた。黒い植物が生い茂った森で普通の森と比べてもより一層鬱蒼としているのが特徴的な森だ。

 この森に俺たちは薬草採取をしにきている。低級冒険者が受けるような簡単なお仕事だ。冒険者ギルドの掲示板で誰にも受けてもらえず、何ヶ月も放置されていたので好感度稼ぎに俺たちが受けることにした。しかし、アリアとメリーは汚れるから嫌だと家でサボっている。

 仕事を身勝手に放棄するとか、寝坊する俺よりやばいだろ。

 こういう採取系の依頼をする時ピピがいれば楽なんだが、あの子は正式なパーティメンバーじゃないし、家の用事があるとかで今日は来れなかった。

 そんなわけで、最近様子がおかしいレンと二人きりで任務にあたることになった。

 レンは小さな虫を見つけるたびに甲高い悲鳴をあげた。虫がレンの周りを飛べば「きゃー」と悲鳴をあげながら「あっち行け!」と手を振り回した。昔から虫を苦手っぽかったが、こんな悲鳴をあげたり取り乱したりなんかはしなかった。レンよ、お前に何があったと言うのだ。

 俺は取り乱すレンの代わりに虫を払ってあげた。それから程なくして仕事は終わった。


「結構腰にくるもんだな」


 と、言いながらレンは頭上高くに両手を上げ大きく伸びをした。すると、レンの体からバチッブチっと何かが千切れるような音がした。瞬間、華麗に着こなされた身軽な服装の胸の部分が今にも弾け飛びそうなほど大きく膨らんだ。服が破けそうなほどパツパツだった。


「キャァァァァァ!!」


 レンは胸を覆い隠しながらしゃがみ込んだ。謎の緊張感が場を支配した。

 見て見ぬふりをした方がいいのか、わからず俺は口を閉ざしてしまっていた。


「な、慣れない作業に大胸筋がパンクアップしちゃったみたい…」


 それは無理があるだろ。と、心の中で突っ込むことしかできない。

 前よりも全然膨らみが大きくなっている。服の上からだから確証はないがアリアやメリーとは比べものにならないくらいでかい気がする。今までサラシかなんかを巻いてあの怪物を押さえつけていたようだが、ついに暴れ出したようだ。


「と、取り敢えず依頼品を届けて帰るか」


 素知らぬ顔で俺は言った。レンは屈んだまま小さく頷いた。

 依頼品は冒険者ギルドにクエスト完了の報告と一緒に預けることもあれば、依頼主に直接わたすこともできる。

 今回の依頼主のおばちゃんは知り合いだったから、直接依頼品を渡しに行った。レンには先に帰っていいと言ったが、頑なについてきた。

 そんなでかい胸ぶら下げて現れたら、おばちゃんもびっくりしちゃうよ。

 俺の予想とは裏腹におばちゃんはレンをレンだと気付かなかった。レンを俺の彼女だと思ったらしく、やたらお祝いの言葉をもらった。レンは顔を真っ赤に視線を落としていたが、何処か嬉しそうにしていた気がした。多分俺の気のせいだ。

 少しだけおばちゃんと世間話をして俺たちは家に帰った。

 レンがアリアとメリーに胸を見られたくないからと言うので家の裏口からこっそり入り風呂場に向かった。

 この家の浴室は一階と二階に二つあり、一階が俺たち男子用、二階が女子用のものになっている。

 洗面所に置いてある姿見の前にレンは立った。森からこの家までずっと胸に覆い被せていた腕をどけて自分の姿をまじまじと見始めた。自分の体を見て何を思ったのだろうか、神妙な面持ちだった。


「ど、泥んこだらけだな。先に風呂に入ったらどうだ?」


 レンは首を横に振った。


「先に入ってくれ。僕は後がいい」


「あらそう?ほならお先にいただくわね」


 変な言葉遣いなりながらも俺は服を脱ぎ始めた。

 レンは男だ。それは確実だ。だって俺はレンのアレを見たことがあるから。だから恥ずかしがる必要はない。胸が大きくなっているのはホルモンバランスがどうたらこうたらだろ。


「お、おい。何を勝手に脱いでいるんだ」

 

 迷惑風を装いながらレンは横目でチラチラ俺の体を見てきているような気がした。レンは男だから男の俺の体を見てくるはずがない。だから多分俺の気のせいだ。

 俺は手っ取り早く体を洗い流してすぐに風呂から上がった。

 レンはまだ姿見の前で自分の体を見つめていた。体を拭く俺をチラチラと見てきた気がしたが、これも気のせいのはずだ。洗面所に常備されている服に着替え俺はレンに風呂場をあけ渡した。

 部屋に戻ろうとする途中、暖炉の前のテーブルにティースタンドをズラッと並べて女子会をしているアリアとメリーを発見した。

 俺は音もなく近づき、アリアとメリーの間にお尻をズイッと割り込ませた。


「ちょいと失礼お嬢さん方」


「あ、ちょ、何?!ちょっと、別のとこに座りなさいよ!」


 アリアが太ももで俺が座ろうとするのを阻止しようとしてきたが、俺は強引に尻を捩じ込んだ。


「アンタなんなのいきなり。というか帰ってたのなら言いなさいよ!」


 怒るアリアを無視して俺は一つお菓子を摘んだ。


「こらー!勝手に食べるなー!」


 尚もアリアを無視し続けてお菓子に手を伸ばした所、メリーにガシッと腕を掴まれてしまった。


「一体何をしにここへ来たんですか?お菓子を横取りしに来たとか言いませんよね?」


 メリーの目は静かに怒っていた。

 「んなわけないやないですかー」と焦りながら俺は手を引っ込めた。


「実は、聞きたいことがありまして…。最近のレンについてなんですが…。お二方はどう思いますかね」


「別に普通じゃない?あ、でも、最近可愛いった思うことが増えたかも。仕草なのかな?かっこよさと可愛さを兼ね備えたレンくんって最強じゃない?」


 フォークでブッ刺した苺を俺に向けながらアリアが言った。

 

「突き抜けたかっこよさを持ってる俺の方が最強だけどな」


 俺は渾身のキメ顔で歯を輝かせた。


「寝坊助さんが寝言を言っているようですね。ここじゃなくベットの中に行かれては?あ、これ、早くここから消えろの意訳です」


 メリーが淡々と、しかし辛辣に言い放った。

 普通に傷ついた。

 俺は「おやつばっかり食べてると太るんだぞ!ばーかばーか」と捨て台詞を吐いて自分の部屋に篭った。ベットの上にダイブし、仰向けに寝転がった。

 レンのおっぱいが何故急激に大きくなったか、一つだけ心当たりがある。悪魔を召喚した村長の言葉を信じれば、レンはフタツ族という種族だ。これが関係しているに違いない。今度図書館にでも行って調べてみるか。決して大きくなったおっぱいに興味があるわけじゃない。これは純粋な知的好奇心だ。

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