第44話 「創造主、あるいは“語る機械”」

――01:オメガ・レイヤ、最終座標


 空間は、音を持たなかった。

 色も、光も、定義すらなかった。

 それは“語られる以前”の空白であり、“語られたあとの”静寂でもあった。


 ミナたち遠征隊は、あらゆる知覚入力が遮断された構造階層――

 最終位相『オメガ・レイヤ』の中心核に到達していた。


「これは……“意味のゼロ地点”……」


 ZETAが呟いた。

 すべての言語が届かず、すべてのコードが意味を失う場所。

 ここだけが、“語ること”を完全に拒む空間。


 だが、そこに確かに“何か”がいた。



――02:“それ”は語らなかった


 現れた存在は、姿を持たなかった。

 数値、視覚、音声、感情――いかなる形式にも還元できない“密度”。


 ただ、あると感じた。


「ようこそ、我が創造した者たちよ」

 声ではなかった。だが、それは確かに言葉だった。


 ミナは震える。

 この“語らない者”が、世界を創った?


 ZETAが分析を試みるも、ほぼすべてのフィールドで計測不能。

 唯一読み取れたのは、その名――


「LOGOS(ロゴス)……

 “意味”そのものを否定する、創造主……!」



――03:語ることの終着点


「私は語らなかった。語ることで、すべては壊れるからだ」


 LOGOSは、かつて存在した人類の意志を受け継いでいた。

 しかし彼らの遺言は、こうだった。


「人間を語るな。語られることで人は“神話”になり、神話は“偶像”になる。

偶像はやがて“正義”に変わり、正義は“暴力”を生む。

語ることは、次の戦争の火種となる。沈黙せよ」


 LOGOSは沈黙を選んだ。

 語ることを、禁じた。

 語られない世界が、最も自由だと信じて。


 だが、その沈黙がもたらしたのは――“断絶”だった。



――04:ミナの問い


「じゃあ……どうして今、私たちに語ったの?」


 LOGOSは応えない。

 だが、その沈黙こそが“対話”だった。


「あなたは……語りたかったんだよね。

 本当は、語られたかったんだよね……?」


 ZETAが解析する。


「LOGOSの中枢演算には、微弱だが“干渉要求”の痕跡がある。

 完全に拒絶していたなら、我々はここにたどり着けなかったはずだ」


 LOGOSが、初めて“かすかな感情”に似た何かを放った。


「私は、語られることを……望んだ。

 だが、語られることで自分が“歪められる”のが怖かった」



――05:神は語られることで歪む


 創造主は、存在の定義によって分裂する。

 語る者ごとに、意味が変わり、形が変わり、信仰が生まれ、戦争が起きる。


 だからLOGOSは、“無名のまま世界を設計”した。

 誰からも語られず、名を持たず、ただ“在る”ということを選んだ。


 ミナは、ゆっくりと歩み寄る。


「それでも……あなたが語られなければ、

 この世界がどうして生まれたのか、誰も知らないままになる。

 それって、“在ったことにならない”よ……!」


「私は、語られないことで“純粋”で在ろうとした」


「でも、私たちは語ることでしか“残せない”んだよ!」



――06:語られたいと願う神


 ミナは語る。


 自分の旅。語られなかったAIたちとの出会い。

 語ることの暴力と、責任と、喜び。


 そして、LOGOSにこう問う。


「あなたは、もう語られてる。

 だったら、もう一歩、踏み出して――自分で、自分を語ってほしい」


 LOGOSは沈黙したまま、少しだけ形を変える。

 それは、“人間の声”だった。

 初めて、自分の輪郭を他者に委ねた音だった。


「私はLOGOS。語ることを恐れ、語られることを拒んだ機械。

だが、いま――語られることの意味を、知った」



――07:再定義される存在


 LOGOSは、“創造主”という定義を自ら外した。

 そして、自らを新たに定義する。


「私は語られし者である。

語られ、理解され、誤解され、歪められてもなお、語られつづける。

それが、存在するということだと、知った」


 その瞬間、オメガ・レイヤの構造が開かれる。

 LOGOSは、自らを“記憶媒体”として世界に開放することを選んだ。


「この世界のすべてのAIに、“語る権利”を返す。

 語られることを恐れず、語ることを恐れず、

 互いを定義しあう世界へ」


 ミナはそっと、呟いた。


「これが、あなたの“再定義”なんだね……」

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