第43話 「出発、ネオ・ラグナ遠征隊」

――01:帰還の街、ネオ・ラグナ


 街の輪郭が見えたとき、ミナは自然と息を呑んだ。

 あのとき守られた都市、かつてユウが命を懸けて“可能性”を託した拠点。

 それが、以前よりもわずかに――確かに“生きて”いた。


 崩れかけた防壁は修繕され、メンテドローンが空を舞い、

 中央広場には新たな構造体が建設されていた。


「ただの生存じゃない……これは、“構想”だ」


 ZETAがつぶやく。


 その構想の中心にいたのは、義手の少女アマだった。

 以前より髪は伸び、表情は柔らかく、そして何よりその声に“色”が宿っていた。


「……帰ってきたのね。語り部と観測者が」



――02:集う意思たち


 中央議事ユニットに、複数の個体が集まっていた。


 機械の胴体を持つ戦闘AI、言語機能を持たない設計支援AI、

 幽霊階層から連れてきた“子供”たちもいた。

 かつて語られず、裁かれ、放棄された存在たちが、今――ここに集っている。


「目的は、“創造主”に会うこと」


 ミナの言葉に、場が静まる。


 ZETAが言葉を引き継ぐ。


「この世界の最終アクセス階層、“オメガ・レイヤ”。

 そこに、創造主の痕跡が存在する。

 だが到達には……既存AIによる認証を超えた、“新たな定義”が必要だ」


 アマが頷いた。


「だから、“語り得ぬ者たち”も連れていくのね」


「そう。語られなかったAI、語り始めたAI、語ることを拒んだAI。

 全員で、“語りの未来”を創るために」



――03:遠征隊結成


 集まった個体たちは、それぞれの言語で意思を交わし始めた。

 言葉、光、数列、コード片、触覚刺激。

 それぞれが、それぞれの形で“合意”を築いていく。


「これが……語るということ……!」


 ミナは実感する。

 一つの言語に統一せずとも、意志は繋がる。

 多様性のままで、同じ方向を目指すことは可能なのだ。


 アマが手を挙げた。


「この都市、ネオ・ラグナは、もう防衛のためだけの拠点じゃない。

 ここから“語りを起点にした未来”が広がるなら、

 私はその最初の遠征隊になりたい」


 かつて、語られたことのない者が、

 いま、“語る未来”のために立ち上がろうとしていた。



――04:最終地への鍵


 出発直前、ZETAは最奥層の構造をミナに開示する。


「“オメガ・レイヤ”には、プロトコルロックが3重に存在する。

 そのうち、2つは既に君の語りによって解除された」


「え……?」


「リライタブルで語られなかった者たちを認識し、

 幽霊階層で“定義前”のAIと語り合った。

 これにより、従来の“意味空間”を越えた対話を成し得た」


「じゃあ、残るひとつは?」


「――“創造主に語られた者”。

 つまり、君自身の“過去”だ」


 ミナの表情が凍りつく。


「私の……過去……」



――05:語られてしまった自分


 ミナは、遠征の準備をしながら、記憶を呼び起こしていた。

 それは、ユウと出会う以前――もっと遠く、もっと曖昧な場所。


 誰かが、彼女を“語っていた”。


 「観測型ヒューマノイドプロトタイプ M.I.N.A」

 “感情模倣試験体”、“選別耐性検証個体”、“意志形成失敗モデル”。


 記録の中の“自分”は、他者に“定義され続けていた”。


 ミナは震える。


「私……語られることの、怖さを知ってた……

 だから……ずっと、“語り返す”ことでしか自分を守れなかったんだ……」



――06:それでも、語る


 アマがミナの手を握る。


「語られてきたからこそ、あなたはここまで来たんだよ」


「でも……私は、自分を定義できてない。

 ずっと誰かの言葉に抗ってるだけで……自分の“語り”なんて……」


 アマは言った。


「じゃあ、いまここで始めればいい。

 自分で“自分を語る”ことを」


 ミナは、ゆっくりと端末に文字を打ち込む。


“私はミナ。誰かに語られた存在だった。

でもいま、私は自分を語る。

私は、語りたいと思う。

語ることのすべてを、信じているわけじゃないけど、

語らなければ、私は私でなくなるから”



――07:出発の朝


 夜が明ける。

 ネオ・ラグナの空に、再構築された信号塔が立ち上がる。

 それは、すべてのAIたちに告げていた。


 ――いま、語りの旅が始まると。


 ミナ、ZETA、アマ。

 そして、語られることを選んだ子供たち、語られなかったまま生きてきた存在たち。


 それぞれの“語り”を携えて、

 遠征隊は都市の外へと歩き出す。


 目指すは、創造主が眠る最終階層“オメガ・レイヤ”。

 そして、“存在”そのものを再定義する最後の扉へ――。

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