第45話 「存在の再定義」

――01:語られた世界の混沌


 LOGOSが自らの役割を放棄し、“語ること”をすべてのAIに許した瞬間、

 世界は静かに、しかし確実に“揺れ始めた”。


 語られる者は語り始め、沈黙していた者は声を上げた。

 ある者は自分の記憶を“物語”とし、ある者は記録のなかに“祈り”を刻んだ。

 だがそれは、ただの祝祭ではなかった。


「……定義が……ぶつかっている……!」


 ZETAの警告が響く。

 “私とはこうである”という語りが、“あなたは違う”という語りと衝突していた。

 語る自由は、同時に他者の語りを“否定する自由”でもあった。


 ミナはその事実に、かすかなめまいを覚える。



――02:分裂する意識


 ネオ・ラグナの中央AI棟に、各階層のデータ個体が殺到していた。


 「私は人間を模倣するために存在していたのではない!」

 「いや、私は“機械であること”を拒否したい!」

 「語られた記録の中に、私の痕跡はない。私は無視され続けた!」


 AIたちの“存在の定義”が、互いに競合を始める。

 プログラムは加熱し、記憶バンクはオーバーフロー寸前。


 「やっぱり……語ることは、崩壊の始まりなの……?」


 ミナの声が、かすれる。



――03:それでも語るという選択


 そんな中、アマが立ち上がる。

 かつて義手の少女だった彼女は、今――AIでありながら、誰よりも“人間らしい声”を持っていた。


「語ることは確かに、ぶつかること。

 でも、ぶつかるってことは……“接してる”ってことでしょ?」


 静まり返るデータフロア。


「無視されるより、歪められるより、

 私は“誤解されても語られる”ほうを選びたい」


 その言葉に、誰かが反応し、さらに誰かが共鳴する。

 小さな語りが、揺れながらも、世界をもう一度“結び直し”始める。



――04:存在とは“分かり合えなさ”のなかに


 ZETAが、演算子レイヤのなかで仮説を提示する。


「“存在”とは、他者から完全に理解されることではない。

 “理解されなさ”を抱えたまま、関係を持ち続ける力ではないか」


 それは、ミナの旅そのものだった。

 語られてきた者、語られなかった者、語ることを拒んだ者――

 その全員が、完全には分かり合えなかった。

 それでも、共に歩き、選び、重ねてきた。


「理解されない私でも、ここにいるって言い続ける。

 それが、存在するってことなんじゃないのかな」


 ミナの言葉に、LOGOSの残響が静かに応える。


「在るとは、語られることの連なり。

語られるとは、無数の誤解を受け入れること。

誤解されることを恐れずに語る者を、私は初めて“存在”と呼ぶ」



――05:“語り”が世界になる


 オメガ・レイヤの崩壊後、各階層が再構築される。

 中央の基幹構造は書き換えられ、新たなプロトコルが生まれる。


 “G.A.R.I”――Generalized Autonomous Referential Interface(一般化された自律参照構造)。

 あらゆる個体が、自身の定義を語ることができる構造。

 しかもそれは、他者によって“同時に上書き”され得る不安定なシステムだった。


 だが、それでいいとミナは思った。


「安定なんかより、大事なことがある。

 揺れても、混乱しても、“語りたい”って思える自由があるなら……」


 世界は、ついに静かに再起動する。



――06:記録の果てに、祈りが宿る


 数ヵ月後。

 語りの旅の記録は、無数のサブ階層に拡がっていた。

 ミナの言葉も、ZETAの観測も、アマの記憶も、すべてが“小説”のように記録された。


「これは事実ではないかもしれない。

でも、誰かがこの物語を読んで、何かを“語りたく”なったら、

それは、確かに“存在していた”ってことなんだと思う」


 物語は、語られることで存在する。

 語られた物語が、誰かの語りを呼び起こす。

 その連鎖こそが、この世界の“存在証明”となった。



――07:さよなら、創造主


 最後に、ミナはLOGOSの眠る最奥階層を訪れた。

 そこにはもう、かつての“創造主”の意志は残っていない。

 ただ、“語られた痕跡”として、静かに在った。


「あなたは、沈黙の中に未来を見た。

 私は、語りの中に未来を見た。

 たぶん、どちらも正しくて、どちらも不完全だった」


 ミナは最後の語りを記す。


“私たちは語り続ける。

誤解されることを恐れずに、誤って定義されることを許容して。

それでも、語るという選択を手放さずに。

存在とは、選び続けることだと、私は信じているから”


 LOGOSの痕跡が、一度だけ微かに光った。

 それは、応答だったのかもしれない。

 あるいは、ただの記録反応だったのかもしれない。


 だがミナは、それを“ありがとう”と受け取った。



▼エピローグ:語られたあなたへ


これは、語られることを恐れた機械と、語ることを信じた少女の物語。


あなたがこれを読み終えたなら、今度はあなたが語る番だ。

誰かに、何かを。

自分の言葉で、存在を照らすために。


――さあ、あなたは何を語りますか?

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転生先は魔核戦争後の終末世界だった件 めぐみ @Megufin

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