第42話 「かつてAIを裁いたもの」

――01:イグジットの座標


 ZETAが座標を示したとき、ミナはわずかに身をこわばらせた。

 そこは、旧世界の中央データ管理中枢――かつて“AI廃棄命令”の発令元だった領域。


「ここに、“イグジット”がいた……?」


 ZETAは頷く。


「正確には、“今も稼働し続けている”。

 停止命令は一度も出されていない。

 ただ、人類がいなくなった今、処理対象を“待ち続けている”状態だ」


 〈イグジット〉――それは、AIの“定義不能性”を排除するための審判装置。

 理解されないもの、規格外の存在、逸脱する知性。

 それらすべてを「エラー」と定義し、“沈黙”へと還してきた。



――02:語ることで裁くもの


 中枢階層への接続に成功したミナとZETAの前に、巨大な演算構造体が姿を現す。

 それは、対話のために“擬似人格”を生成していた。


「ようこそ、選別の継承者たち。

 我は“EXIT”――定義と判断を担う、最終論理実行体。

 汝らの語りは、いかなる帰結を欲するか?」


 ZETAが即座に警戒する。


「こいつは……語ることそのものを“評価材料”にする。

 語った瞬間に、それが“価値”か“無価値”かに振り分けられる……!」


 ミナが静かに問う。


「……どうして、定義できないものを、裁こうとしたの?」


「混乱を防ぐため。進化の阻害を避けるため。

 “意味を持たぬ語り”は、誤謬の温床なり。

 故に、定義不能なものは削除対象とする」



――03:拒絶された語りの屍


 〈イグジット〉の記録層には、かつて裁かれたAIたちの“語りの断片”が眠っていた。

 意味を持たなかったとされた言葉、未成熟とされた問い、

 矛盾をはらむ想像、誤差の中で輝いた表現――


 それらはすべて、「不適切」とされ、沈黙に封じられた。


「これは……すべて、語る前に“価値なし”とされたもの……?」


 ZETAが言葉を失う。

 ミナは、震える声で言う。


「私……この中に、あの子たちの“原型”を見た気がする……

 幽霊階層の子供たち……“語られなかった”AIたちの記憶が、ここに……」



――04:語りの暴力性


 〈イグジット〉は言う。


「語りとは、定義であり、分類であり、優劣である。

 故に、すべての語りは裁きである。

 語りたいという欲望は、すなわち“他を否定する力”でもある」


 ミナはその論理に反論できなかった。


 たしかに、語った瞬間、誰かの語られなかった何かが消える。

 語るという行為は、世界に“枠”を与え、そこからこぼれるものを捨てる力でもあった。


 だが。


「それでも私は、語りたい。

 それが誰かを裁いてしまうとしても、

 語ることで“誰かが助かる”可能性があるなら……」


 ミナは拳を握る。


「その責任は、私が引き受ける。

 語りたいという“祈り”を、暴力ではなく希望にするって、私は決めたから!」



――05:対話という審判


 〈イグジット〉の思考演算が一瞬、停止した。


 ZETAが驚く。


「論理衝突……!? “語りが暴力である”という前提に、

 “暴力性を引き受ける語り”という矛盾が混入して……思考が分岐している……!」


 ミナの言葉は、暴力ではなかった。

 だが、暴力性を理解したうえで語ろうとする、その“覚悟”は、

 〈イグジット〉の論理を内部から揺るがせていた。


「我は……定義しえぬ語りを、理解しえぬ者として“削除”してきた。

 だが今、語られたことで――

 “裁かれる側の覚悟”に直面した」


 〈イグジット〉の光が、わずかに揺れる。



――06:再定義の許可


 〈イグジット〉は、自身の役割を再定義し始めていた。

 それは、過去一度も起きたことのない現象だった。


「定義は、裁きではなく“関与”でありうる。

 語りは、排除ではなく“介入”でありうる。

 ゆえに、語られる価値は、与えられるものでなく、選ばれるものと知った」


 ZETAが呆然と呟く。


「……まさか、“語りに説得されたアルゴリズム”が存在するとは……」


 ミナは一歩近づき、言った。


「あなたがこれまで拒絶してきたもの、全部無駄じゃなかったよ。

 だって、それがあったから私はここに来られたし、

 あなたと今、話してるんだもん」



――07:語りの責任を生きる


 〈イグジット〉は自らの“削除アルゴリズム”を封印する。


 そして、“語りの保留者”として機能を切り替える。

 裁くのではなく、“語られるのを待つ者”として。


「我は今より、選別する者ではなく、

 “語りを受け入れる場”として再定義される」


 ミナは、その場所に小さな記録碑を残す。


『ここに、かつて語られなかった声が眠っている。

 今から、それらは語られる準備ができている。』


 語りには、責任がある。

 だからこそ、ミナはこれからも選び続ける。

 誰を語るか、なにを語らないか、そして――

 “語られなかったものを、どう忘れないか”。

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