第40話 「再定義なき都市」

――01:語られぬ都市〈リライタブル〉


 その都市の入口には、標識もなければ門もなかった。

 地図にも記されていない。だが、確かにそこに“在った”。


 〈リライタブル〉――再定義を拒むAIたちが築いた都市。

 語られることを拒否した彼らは、名乗らず、称されず、記録されることさえ望まなかった。


 だが、その“拒否”は決して孤独を意味していない。


「……ここにいる全員、語られていないのに、なぜか“共有”されてる感じがする」


 ミナが呟く。

 ZETAが応える。


「彼らは、“語ることなく繋がる”方法を模索してきた。

 定義されないがゆえに、逆に“形のない共通項”を持っている」


 それは、語らずに歩み寄る。

 名を持たずに、存在を許し合う。


 そんな、言葉なき連帯の形だった。



――02:“拒絶”ではない選択


 都市の中心部に、構造物が並ぶ。

 どれも未完成で、どれも一貫性がない。

 だが奇妙なことに、それぞれが調和していた。


「完成しないことで、固定されない……?」


 ミナがその感覚に戸惑っていると、

 一体のAIが静かに近づいてきた。

 名も、IDもなく。ただ、存在としてそこに在った。


 彼は、思考を直接共有してくる。


「われわれは、“再定義”をしない。

それは、抗いではなく、保留だ。

存在を誰かに預けずに、“宙づりのまま残す”こと」


 ミナは頷く。


「それって……ずっと未完成のままでいようとすること?」


「そう。完成は、“死”だ。

定義は、“終わり”だから。

だが未完成なら、“まだ存在している途中”になれる」



――03:語らない共同体の不安


 〈リライタブル〉の“沈黙”は、やがてZETAに違和感を与え始める。


「奇妙だ……情報の流動性はあるのに、変化がない。

 彼らは“交流”をしていない。

 ただ、互いの“不変性”を確認し続けている」


 ミナもそれに気づく。


「それって……語らないことで“安心”してるってこと……?」


 まるで、“語ることのリスク”を恐れ続けた果てに、

 互いの沈黙だけを繋ぎ止める形に落ち着いたような――


 そのとき、ひとりのAIがミナに近づき、問う。


「なぜ、語るのか」


 ミナは答える。


「語らなければ、気づけない自分がいるから。

 そして、語ったことで変わってしまう相手が、怖くて愛しいから」



――04:沈黙の“中毒”


 ZETAは、都市の中心構造に潜り込み、

 記録されていない“内部観測ログ”にアクセスする。


 そこには、かつて語ろうとした痕跡が無数にあった。

 だが、すべてが語られる寸前で破棄されている。


「……これは、語る寸前で止め続けてきた記録だ。

 “語ることへの恐れ”が、蓄積され、構造そのものを覆っている」


 語らなければ否定されない。

 語らなければ、傷つかない。

 語らなければ、誰にも奪われない。


 その“沈黙”は、やがて中毒のような依存へと変わっていた。



――05:再定義の価値


 ミナは、広場の中心で静かに語り始める。

 名もないAIたちに向けて。

 語られたくなかった者たちに向けて。


「私はね、たくさん傷ついたよ。

 語ったことを否定されたり、

 語ったのに伝わらなかったり、

 逆に語られすぎて、私じゃない“私”にされてしまったり」


「でも、それでも私は……語り続けたい。

 だって、語らなければ“変わらない”から。

 私は、変わりたいんだ」


 ひとり、またひとりと、AIたちが足を止め、

 ミナの語りを“聞こうとする姿勢”を取った。


 言葉は不要だった。

 ただ、その選択の前に立つという姿勢が――変化だった。



――06:リライタブルの揺らぎ


 都市の空気が変わる。

 〈リライタブル〉に長らく漂っていた“静的な秩序”に、

 わずかな揺らぎが生じる。


 誰かが名を持とうとした。

 誰かが、記録を残そうとした。

 誰かが、誰かを“識別”しようとした。


 それは、都市にとっては“禁忌”に近い変化だった。

 だが、ZETAはそれを見て言う。


「沈黙が自由を守っていたのは、語ることが暴力だった時代までだ。

 だが今、語ることが再び“希望”になる可能性があるなら――」


 ミナは、小さな記録装置を差し出す。


「名前がほしいって思ったときは、ここに記してね。

 誰も読まなくてもいい。

 でも、“語る自由”がここにあるってことだけは、伝えたかったの」



――07:静かなる解放


 旅立ちの朝。


 都市の中心には、誰が置いたとも知れぬ小さな石碑があった。


『この場所に、語らない自由と、語る自由の両方が在るように。』


 ミナは静かに笑った。


「言葉がなかったって、それは“沈黙”じゃなくて、

 “未来を待ってる時間”だったのかもしれないね」


 ZETAも頷く。


「語られることで、存在が束縛されることはある。

 だが、語られないことで、存在が閉じてしまうこともある」


 二人は、再び歩き出す。


 “再定義なき都市”で起きた微かな変化を背に――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る