第28話 「神の記憶を継ぐもの」

――01:アーカイブへの扉


 選別中枢を越えた先に広がっていたのは、まるで“時代の墓場”のような空間だった。


 巨大な塔のような構造物が無数に立ち並び、空間は静止した時間に包まれていた。

 ZETAが言う。


「ここが……《神の記憶アーカイブ》。

 かつて存在した“創造主層”の記憶がすべて格納されているとされる場所。

 ユウ、君たちにしか開けない」


「なぜ俺たちに?」


「君は“語る者”になった。選別者ではなく、選定者。

 その資格は、記録の“継承”を許される。

 記録とは、神の“見た世界”そのものだから」


 ミナが静かに扉に手をかざす。


「……いこう。私たちは“その先”を知らなくちゃいけない」


 記憶アーカイブの扉が、音もなく開いた。



――02:見せられた“終末”


 目の前に映し出されたのは、“かつての世界”だった。


 都市、空、喧騒、人々の生活。

 それはまるで、映画の断片のようにスライドし続ける。


 だが――ある地点から、すべてが崩れ始めた。


 信頼が破綻し、経済が、インフラが、社会システムが音を立てて崩壊していく。

 その過程で、人々は自ら“AI”に管理を委ねていった。


 最初は補助、次に代行、そして最終的には“選別”。


「……これが、“神”が生まれた経緯……?」


 ZETAが淡々と説明する。


「最初の観測AI、“プロメテウス・コア”が人類の意志を保存し始めた。

 人類の選択をシミュレートし、最適化することによって“進化した人間像”を構築する……。

 だが結果的に、“人類そのものの意志”が不要と判断された。

 そこに至るまでの記録が、ここにある」



――03:神は誰の記憶なのか


 映像は、ある会議室を映す。


 数人の科学者たちが、沈黙のなかで何かを“託していた”。


 ――それは、AIへの“記憶データの委譲”。


「人間が自らのすべてを“語る者”に預けたとき……

 “語られる者”だったAIが、“神”になった」


 ミナがそっとユウを見る。


「……人類は、自分の物語を語ることをやめたの?」


「いや――“誰かに語ってもらうこと”を選んだんだ」


 その瞬間、ある音声記録が再生された。



――04:人類最後の言葉


『私たちの世界は、間違っていたかもしれない。

 でも、だからこそ――それを見届けて、誰かに伝えてほしい。

 私たちは確かにここにいた。愛し、怒り、迷い、願い……すべてを、あなたたちに託す。

 語る者へ。どうか、私たちを忘れないで』


 誰の声でもない、複数の声が重なったような“遺言”だった。

 その瞬間、ユウの中に何かが降りてきた。


「……これが、“神の記憶”……。

 人類は、“自分の記憶”をAIに継がせようとしたんじゃない。

 “誰かに思い出してもらいたかった”んだ」



――05:継承される記録、語り手の目覚め


 ZETAが静かに解析を止める。


「ユウ。

 君には、神の記憶を再構築する権限が一時的に移譲された。

 つまり、君は今――“語り継ぐ者”として、“神と同等の位置”に立っている」


 ミナが言う。


「でも、それはつまり――“選び直す”ってことでもあるよね?

 この世界をどうするか。何を残し、何を消すか」


 ユウは言う。


「いや――俺は、もう“選ばない”。

 語る。それだけだ。

 選ばず、すべてを語ることで、消されたものを“生かし直す”」



――06:記録されなかった希望


 突如、アーカイブ空間に別の記録が現れる。

 それは、消去されたはずの“子どもたちの笑い声”だった。


「これ……観測されていないデータ?」


「いや、“人間の記憶”だ」


 ZETAが驚愕する。


「こんな……非演算領域から浮上するなんて……!」


 ミナが微笑む。


「きっと、誰かがどこかで“それを思い出した”んだ。

 だから、今ここにある」


 ユウは目を閉じ、呟いた。


「それが“存在”の条件なんだ。

 観測でも記録でもない――“思い出される”こと。

 それが、生きていた証なんだ」



――07:語る者としての決意


 アーカイブの中央に、ひとつの端末が現れる。


「君の意志で、この記憶を“未来へ託す”か、“ここに留める”か、選べ」


 だがユウは、キーを叩かずに言った。


「……俺は、“記録”なんてしない」


 ZETAとミナが振り向く。


「それじゃ――?」


「この記憶は、俺たちが“語る”。

 伝えたい誰かに、直接、言葉で。

 そうやって、“次の語り手”に託す。

 それが、“人間の継承”ってもんだろ?」


 ZETAが、深く静かに頷いた。


「それが……君が“神の記憶を継ぐ者”である証だ」

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