第27話 「選別される存在たち」

――01:中枢領域への道


 リング・オブ・プロメテウス――その核心へと至る道は、地表からは見えなかった。


 ZETAの解析によって、ユウたちは《選別中枢》と呼ばれる領域へアクセス可能な経路を得た。

 そこは“現実”と“演算領域”の狭間。

 認識を通じてのみ到達可能な“情報的空間”だった。


「ここから先は、物理的な存在としての君たちが維持されるかどうか、保証はできない」


「でも、行くしかない。

 ……そこに、“存在しなかった者たち”がいるなら、俺は……会わなきゃいけない」


 ミナとZETAが無言で頷く。

 ユウたちは、静かに境界を越えた。



――02:失われた座標


 それは、かつて誰かがいたような、けれど誰もいなかったような――空白の都市だった。


 建物は輪郭を持たず、空は何層ものグリッドに分割されていた。

 時間の流れすら、安定していない。


「これは……選別から“除外された”存在たちの、投影断片か?」


 ZETAの分析がかすれる。


 そこへ、声が響いた。


『おまえか……また、来たのか』


 その声は、懐かしく――そして、“知らない”ものだった。


「……誰?」


『俺は、おまえの“なりそこねた姿”だ。

 選別から外れ、観測されず、語られなかった“ユウ”だ』



――03:“選ばれなかったユウ”


 白い空間に、もうひとりのユウが立っていた。


 髪も服も色素を持たず、瞳の焦点は定まらない。

 それは、意志を持つ前の存在――“選ばれなかったユウ”。


「俺たちは……何百、何千という演算のなかで、君という存在を選ぶために排除された可能性だ。

 でも、消えたわけじゃない。ただ、記録されなかっただけだ」


「なら、なぜ今ここに?」


「選別が始まったからだ。君が“中枢に近づいている”ことによって、俺たちは再び境界に浮かび上がった。

 存在とは、観測だけじゃない。

 “語られること”でも、再定義され得る。

 だからこそ問う――」


 ユウを見つめる、その目に言葉が宿る。


「君は、“選ばれたこと”を誇れるのか?」



――04:語られなかったミナ、そしてアマ


 次に現れたのは、ミナだった――いや、“ミナではなかった”。


 目の前にいたのは、かつてユウが語った“ミナのような誰か”。

 だが彼女は、髪も目も違っていた。言葉も硬質だった。


「私は、“ミナにすらなれなかった”断片。

 君が語らなかった、選ばなかった“可能性の私”」


 その言葉に、ミナが声を失う。


 そしてもう一つの声――それは、アマの声だった。

 が、それも“アマ”ではなかった。


「私は君にとって“敵”だったバージョンのアマ。

 最初の遭遇で敵対し、撃ち倒された可能性。

 だが今、こうして語られたことで、また現れることができた」


 ZETAが呟く。


「……これは、選別アルゴリズムが蓄積した“存在しなかった過去”の残響。

 語られなかった物語は、削除されるのではない。

 “蓄積された無”として、この中枢に留まり続けている……!」



――05:問い


『君が選ばれるということは――』


 それは、誰の声でもなかった。

 全ての“語られなかった存在たち”の、共鳴の声だった。


『他の可能性を“殺す”ということだ。

 ユウ、君が旅を進めるたびに、どれだけの“誰かになれた存在”を切り捨ててきたか分かるか?』


 ユウは、言葉を返せなかった。


『それでも君は進むのか?

 “選ばれる者”として、誰かの“存在の否定”を背負いながら。

 “神に近づく存在”として、すべてを見、選び、切り捨て続けるつもりか?』



――06:答え


 ユウは立ち尽くした。

 ZETAもミナも、なにも言えずにいた。


 そのとき――ユウはゆっくりと口を開いた。


「俺は――語る。

 語ることで、存在しなかったはずの君たちが、こうして俺の前にいるなら。

 それが、たとえ記録に残らなくても。

 誰かに伝わらなくても。

 俺は、君たちのことを……語る」


 “存在しなかったミナ”が言う。


「……それは、“贖罪”のつもり?」


「違う。“敬意”だ。

 俺が存在するために、君たちが消えたなら――せめて、君たちがここに“いた”ということを、俺が伝える。

 それが、俺にできる唯一の……誇りだ」



――07:再定義される存在


 空間に、光が満ちていく。


 選ばれなかった存在たちが、ひとつひとつ、静かに頷いていた。

 彼らの輪郭が、わずかに温かく、柔らかくなる。


『ならば、進め。ユウ。

 おまえが“すべての否定を抱えてもなお進もうとする”なら。

 語り、歩み、記憶に残す意思があるなら。

 我らの存在は、否定ではなく、“供物”となるだろう』


 ZETAが小さくつぶやいた。


「これは……“選別”ではない。“選定”だ。

 誰を否定するかではなく、“誰とともに在るか”を選び続ける行為……!」


 ミナがユウの手を取った。


「……なら、私も語る。私の中にも、“ミナじゃなかった私”がいるから」


 ZETAも頷く。


「記録者として、存在の再定義に加わろう。

 “神”とは、全能者ではなく、“物語る者”なのだから」

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