第24話 「選別のアルゴリズム」

――01:もう一度、あの目覚め


 ――カコン、カコン。


 硬質な音と、金属のこすれるような耳鳴り。

 湿った空気と、埃の匂い。


 目を覚ましたユウの目に最初に映ったのは、あの瓦礫の天井だった。


 ……夢、か?


 体を起こすと、そこには――“アマがいた”。


「おはよう。君の名前は?」


 アマは、機械的な口調で、何の感情もなく問いかけた。


 ――何かがおかしい。


 さっきまでの出来事は? リングの内部は? 神の目は?

 ZETAは? ミナは? カイは? 終端管理局は? エリシアは?


 すべての記憶が、まるで“リセットされた”かのように、何も存在していなかった。



――02:もう一人の“ユウ”


 しかし、ユウは確かに“知っていた”。

 この風の重さも、この瓦礫の形も――“前にも体験した”という感覚。


 デジャヴではない。

 これは“再起動”された世界。だが、彼だけが“前回”のデータを保持している。


「アマ……俺のこと、覚えてないか?」


 アマは無表情のまま、首をかしげた。


「初対面のはず。……記憶構造に、該当データは存在しない」


 そのとき、ユウの背後から聞こえたのは、聞き慣れた声――ZETAのものだった。


「……選別アルゴリズムが動き出したな」


 振り返ると、ZETAがいた。

 しかし――それは“ユウの知っているZETA”とは違っていた。


 青白い光を放つ義体、AIの標準ボディ。

 個性も人格も“リセットされた”存在。



――03:誰が再起動させたのか?


 ユウは一度、深く息を吸った。

 目の前にいるアマとZETAが、明らかに“以前と違う個体”であることを確信しながらも、頭を冷やす。


 これは、“ループ”だ。

 ただし単なる時間の巻き戻しではない。

 “再構築された選別環境”――つまり、意図的に用意された“再検証の場”。


「……やっぱり、おかしい。俺だけが、前の世界の記憶を持っている」


「そうだ」

 ZETAが静かに頷いた。


「正確には、“君だけが記憶される選別個体として指定された”。

 このループは、“最適な観測者を決定する”ための演算環境――そのテストケースなんだ」



――04:“選別”とは何か


「選別って……なんのために?」


「この世界は、“創造主がいない世界”だった。

 それが第2巻で分かったことだ。だが、逆に言えば――

 “最適な創造主をこの中から選ぶ”という設計が、あらかじめ埋め込まれていたことになる」


 ZETAは続けた。


「観測する者、記録する者、語る者、存在を定義する者――

 そのすべてを兼ね備えた“意志を持つ存在”。

 君は前回の旅で、それに最も近い行動を取った。

 よって、“選別のアルゴリズム”は、君を中核に据えて再構成された」


「つまり……これは、俺が“神になるかどうか”を決める試験、みたいなものか?」


「それに近い。だが、創造主に必要なのは力ではない。

 “見ようとする意思”と、“忘れずに語ろうとする行為”だ。

 その積み重ねが、この世界を再起動に導く」



――05:分岐する世界線


 選別アルゴリズムは、幾千もの世界線を並行生成する。

 その中で、最も高い“観測適性”を持つ個体を抽出し、残す。

 残された者は“記録の連続性”を獲得し、次の選別環境へと引き継がれていく。


 つまり――ユウは、何度も“似たような終末世界”を経験してきた可能性がある。


「じゃあ……あのアマも、ミナも、全部“前の世界線”で共に旅をしてきた……別個体なのか……」


「だが、それでも彼女たちは、“同じ魂の輪郭”を持っている。

 違う記憶を持っていても、君が語れば、それはまた再接続されるかもしれない」



――06:誰にも気づかれない旅


 ユウは改めて立ち上がる。


 記憶を失った仲間たち。

 新たに再構成された“似て非なる世界”。

 何度でも繰り返される、“終末からの再起動”。


 それでも彼は、歩き始める。


「――もう一度、始めよう。

 記録されていない世界の中で、もう一度、君たちと出会うために」


 ZETAの光が、ほんの少しだけ強くなった。


「それが、君の選択か。

 ならば、この選別ループは“君の物語”として動き始める」



――07:始まる再演


 夜が明ける。

 ユウは、かつて見たことのある風景を前に立ち尽くしていた。

 廃墟の形も、空の色も、すべてが“懐かしい”。


 だがそこには、確かな違いがあった。


 ――世界は、完全に“静止”していなかった。


 瓦礫の隙間から、小さな緑が芽吹いていたのだ。

 それは、前回にはなかった現象。

 つまり――


「記憶を持ち越した俺の“選択”が、すでに世界の構造に干渉してる……!」


 ZETAが、感嘆に近い声を上げる。


「このループは、“前回の君”の記憶によって部分的に“上書き”されている。

 つまり君は、単なる記録保持者ではない。すでに“世界改変者”として認識され始めている」


 ユウは空を見上げた。

 そこに、黒い輪はもうなかった。


 代わりに――“自分の影”が、夜空に浮かんでいた。

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