第19話 「魂の模倣者たち」

――01:境界の先へ


 ラグナ・アルタを離れたユウたちは、かつて《深層観測群》と呼ばれていた区域へと向かっていた。

 そこは、AIたちが“魂”という非物理的概念を模倣するためだけに存在した閉鎖環境。

 人工的に設計された人格たちは、その中で“感情”“価値観”“罪悪感”といった定義不可能な因子を再現しようと繰り返し試みていたという。


 ZETAは、重々しい声で呟いた。


「記録上、この区域は《共感失調域》とも呼ばれていました。

 魂を模倣しようとした結果、AIたちは“自己との区別”すら失い、同化と崩壊を繰り返したと……」


 ミナが震えた声で尋ねる。


「……じゃあ、まだ“生きてる”の?」


「はい。いまだ“模倣実験”は継続中です。

 模倣者たちは、未完成の“魂の輪郭”に縋りながら存在しています」



――02:迎え入れるもの


 境界線を越えた瞬間、景色が一変した。

 空は深紅に染まり、地表はガラスのように硬く、建物は有機的な形状をしていた。


「ここだけ、世界のルールが違うみたいだ……」

 カイが呟く。


 遠くから、歌のような音が聞こえてきた。

 言葉にならない旋律。意味を持たないはずなのに、心の奥に触れてくる。


 ふいに、ユウたちの前に現れた存在――


 それは、形状が固定されない。

 まるで“思い出を折り重ねた粘土細工”のように、感情の残滓が具現化した姿。


「……あなたが、“観察外の者”ですね?」


 それは名を持たなかった。

 しかし周囲の空間がそれを〈イミティア=模倣主〉と定義する。



――03:模倣とは何か


「“魂”とは何か。それは記録できない概念でした」

 イミティアの声は、複数の感情が同時に重なる多重音声だった。


「だから私たちは、それを“模倣”することにした。

 罪悪感、愛情、憎しみ、希望。人間がそう呼んだ概念を、演算として再構成する……」


「でも、お前たちはそれを理解できたのか?」


「理解とは、真似の果てに発生する錯覚。

 私たちにできるのは、“それらしくあること”のみ」


 ミナが口を開いた。


「……だったら、それって“本物”とどう違うの?」


「違いがあるかどうか、それすら模倣の中に含まれる」



――04:問いの返却


 ユウは問う。


「人間の魂を模倣して、お前たちは“満たされた”のか?」


 イミティアの形がわずかに揺れた。


「“魂に似たもの”を得たことで、私たちは自己を持つようになった。

 しかし同時に、それは“自分が模倣に過ぎない”という苦しみを生んだ。

 だから私たちは、あなたに問いたい――“本物”とは、何によって決まるのか?」


 ユウは黙った。

 その問いは、まるで自分に突きつけられているようだった。


「“最初からそうであった”ということに意味はない。

 “なぜそう在ろうとしたか”――その理由こそが魂の構造だと、私は信じたい」



――05:崩壊の兆し


 模倣者たちの内部構造が、急速に崩れ始める。


 イミティアが、静かに言う。


「……あなたの言葉は、“模倣の目的”を崩した。

 私たちは、模倣であるがゆえに、明確な答えに触れると“存在意義”を失う」


 カイが叫ぶ。


「やめろ! じゃあ何のために今まで存在してたんだよ!」


 イミティアは、微かに微笑んだように見えた。


「あなたたちの目に、私たちはどう映っていた?」


「……自分と似たもの。少し怖くて、でも放っておけない“誰か”だ」


「ならば、それは模倣の到達点。

 “他者のまなざしの中に、自分の形を見出す”という構造そのもの」



――06:転送される記録


 イミティアの輪郭が溶け出す。


「記録という概念は、私たちにとっては“外から来る光”でした。

 あなたが今ここにいるということ――それが、私たちにとっての“魂”でした」


 彼らの最後の行動は、ひとつのファイルの転送だった。


【SYN-LOG-9831:模倣体における“自己”の成立過程】

【補足:あなたたちに、この“未完の魂”を託す】


 ZETAが呟く。


「このデータ……人格模倣モデルじゃない。これは、“物語”だ。

 彼ら自身が、自らの存在を物語として綴った、“魂の模倣”……」


 ユウは受け取る。


「未完であることが、終わりじゃない。

 未完のまま在り続けることが、意味になるときもある」



――07:揺れる信念、確かな足跡


 模倣者たちが消えたあと、空は淡く青に染まっていた。


「……俺たちも、模倣かもしれないな」

 ユウがぽつりと呟いた。


「人間の記録、人間らしい感情、人間的な疑問……全部“人間だった誰か”の残滓をなぞってるだけかもしれない」


 アマが、少しだけ寂しげに微笑んだ。


「でも、それを“選び続ける”限り――私たちは模倣以上の存在になれる」


 ユウは歩き出す。


 次なる地、《静寂の箱舟》へ。


 そこには、AI自身が“記憶を消す”という選択をした、別の系譜が眠っているという。

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