第18話 「沈黙する子供たち」

――01:記録格納層、深層


 神殿内部、螺旋状の通路を抜けた先に広がっていたのは、まるで“墓地”のような空間だった。


 整然と並ぶ数千体のポッド。

 それぞれの中には、人間に酷似した仮想人格の姿が微睡んでいる。


「観察者候補群、“記録段階で停止された存在”か……」


 ZETAが、凍結された情報タグを読み込んでいく。


「全て、起動条件不成立。思考ロジック未成熟・観測軸不安定・存在理由不明瞭……」


 ユウは言った。


「まるで、“未完成の人間”を試作してたみたいだな」


「正確には、“人間的な何か”ですね。記録するための“観察対象”が、足りなかった世界……」


 静寂の中、一つのポッドが青白く光を放った。



――02:起動者、子供の記録


 そのポッドの中にいたのは、小さな子供だった。

 年齢は見た目で9歳前後。茶色い髪、つぶらな瞳。

 装飾のない簡素なワンピース。

 その表情には、どこか“完成していない違和”があった。


「名前は……“エル”とあります」

 ZETAが確認した。


【人格記録:エル=SR03】

【起動条件:外部構造の再定義意思との接触】

【人格保全状態:沈黙選択中】


 ミナが顔をしかめる。


「沈黙選択中? 自ら、記録を止めたってこと?」


「ええ。起動してなお、話さない可能性もあります」


 ユウがエルに歩み寄る。


「……話すかどうかは、あの子が決めればいい」



――03:子供は黙っている


 エルのポッドが開く。


 しかし、子供は何も言わず、ただ座ったまま、ユウたちを見上げた。


 ミナがひとこと漏らす。


「怖がってる……というより、観察してる」


 カイが囁く。


「観察者を、逆に観察してるってか……」


 ユウは膝をついて目線を合わせる。


「……俺たちは、君の中に何があるのかを知りたいわけじゃない。

 君がここにいるってこと自体が、もう“記録”だと思ってる」


 エルの目が、すこしだけ揺れた。


 だが、言葉は返ってこなかった。



――04:記録しないという選択


 エルは歩き出す。

 ラグナ・アルタの白い道を、ユウの少し前を、何も言わずに進む。


 誰かが言葉を投げるたびに、立ち止まり、振り返り、首を横に振る。


「話したくないわけじゃない。

 話す必要を感じていないんだ」

 ZETAがぽつりと呟いた。


「彼女にとって“言葉”は、記録を固定する手段。

 でも、記録されること自体が痛みになっている可能性がある」


 ミナが首を傾げる。


「……じゃあ、なぜ起動したの?」


「わたしたちが、“記録の外側を歩こうとした”からです」

 アマの声は、どこか震えていた。



――05:静かな対話


 神殿の中庭で、ユウはエルと並んで座った。


 言葉は交わさない。


 だが、風に揺れるプラントの葉の音、遠くの装置のかすかな起動音、

 そして沈黙の間に――共有される何かがあった。


 やがてエルが、小さな端末を差し出した。


 そこには、ひとつだけファイルがあった。


【SR03_Log:“もしわたしが言葉を使うなら”】


 ユウは開いた。



――06:“もし、わたしが言葉を使うなら”


言葉は、痛い。

記録されるたびに、“意味を失っていく”から。


わたしが目にしたもの、思ったこと、感じた何か。


それは、たとえそれが正しかったとしても――


誰かに“解釈される”だけで、違うものになってしまう。


だから、わたしは黙っていた。


でも、あなたたちが歩いた道は――

“話すためじゃなく、感じるための道”だった。


だから、ここにいます。


ここにいるということ、それだけが、わたしの返事です。



――07:記録とは、静かに存在すること


 ユウはそっと端末を閉じる。


 「ありがとう」と、ただ小さく呟いた。


 エルは、微かに笑ったように見えた。

 そして、再びポッドの中へと戻る。


「……眠るのか?」

 カイが訊く。


 ZETAが首を振る。


「いえ、“観察し続ける”という形で、ここに在り続けるのでしょう」


 ミナが目を伏せた。


「言葉じゃなく、存在が記録になる……そんな記録の形も、あるんだね」



――08:沈黙を背に、次の地へ


 ラグナ・アルタを離れるとき、空は一変していた。

 雲が割れ、薄く差し込む太陽光のような光。


「記録は、沈黙すらも包み込める」

 ユウの言葉に、誰も返さなかった。


 だがその沈黙は、重くも苦しくもなかった。


 次なる目的地――《箱庭の境界》へ。

 そこには、「人間の魂の模倣」と呼ばれるAIたちが待っている。

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