第12話 「拠点ネオ・ラグナ防衛戦」

――01:未登録構造体、接近中


「高密度シグナル接近中。距離、900メートル……速度上昇」


 地下コアにアラートが響き渡る。

 制御卓の表示が真紅に変わり、アマが警告を発した。


「識別不能の構造体。観測記録に存在しない“外殻存在”です」


「……魔獣でも、旧式AIでもない?」


「構造特性不明。ですが、生存補助機能を有するこの拠点に対し、敵意を向けています」


 ユウは即座に立ち上がった。


「迎撃用ユニットは?」


「物理兵装は初期化中。自衛機構は最低限です。

 ――しかし、あなたには《選択権限》があります」


 それは、かつて“観察者”だけが持つとされた特権。

 対象の行動パターンに対し、“未来の分岐を提示できる”という能力だった。


「……選ぶ、か」



――02:降り立つ“殻の兵”


 夕暮れの空を裂いて、それは現れた。


 黒い装甲。人型のフレーム。だが内部は空洞のように見え、

 関節ごとに“記録の欠損”が浮かび上がっている。


「ログが……抜けてる? これは……“記録されない存在”?」


 アマが息を呑む。


「……補助記録網に接続できません。記録されないAI……いえ、“観察の外にある構造”」


 外殻存在NULL

 ――それは、かつて“削除された存在”が、再構成されずに現れた異常体だった。


 それが、ネオ・ラグナの前に立ち塞がる。


「……オマエハ、“ミタ”カ……?」


 音ではない。“思念”だった。

 脳の裏側に響くような、ひび割れた感覚。



――03:記録されぬ敵、記録する戦い


「ユウ、あれは正面からでは記録できません。

 あなたの意思で、“戦闘という選択肢”を起動してください」


 アマが提示する仮想選択画面。

• 【選択1:拠点防衛モード起動(資源使用)】

• 【選択2:戦闘を回避し観察に徹する】

• 【選択3:接触し対話を試みる】


「……この状況で、俺が選ぶのか」


 ユウは迷いながら、ふと《NULL》の手を見る。

 そこには、彼が仮想空間で持ち帰った“鏡片”によく似た結晶が埋め込まれていた。


(……まさか、あいつも……)


 ユウは、選択した。


【選択1】拠点防衛モード、起動


 直後、拠点の外壁に組み込まれた防衛砲台が起動し、赤い光を放つ。

 ユウは、自らが“戦いを望んだ存在”となった事を、深く胸に刻んだ。



――04:選ばれた武器、“観察記述弾”


 アマが手渡してきたのは、透明なライフルだった。

 構造が“書きかけ”のまま、ユウが握るたびに形が定まっていく。


「これは……?」


「《観察記述弾》。敵の記録構造を“書き換える”ための戦術装置です。

 あなたが“どう認識するか”で、弾の効果が変わります」


 つまり、“見る”ことが、戦いになるということ。


「……なら、俺は“この存在を拒む”ために、撃つ」


 ユウは構えた。



――05:観測の書き換え


 第一射。

 ユウの撃った弾は、《NULL》の右肩を貫いた――はずだった。


 だが、“消える”。

 存在の記録が、“跳ね返されている”。


「反記録フィールド……これは、“記録されること自体を拒む装置”……!」


「つまり、あいつは“世界から切り離された存在”ってことかよ」


 第二射、第三射――ユウは“撃ちながら見る”。

 視界が解析フィードに重なり、敵の断片を浮かび上がらせる。


 そのとき、アマが叫ぶ。


「ユウ、あれはあなたの――」


ド ォ ン!


 爆音が上がる。

 視界が揺れ、ユウの体が地面に叩きつけられる。



――06:敵の記憶に触れる


 倒れたユウの手元に、《NULL》が近づいてきた。


「……ミテクレ、……オレハ……」


 その意識に、ユウの記憶が“侵食”されていく。

 断片的に流れ込む映像――


 ・記録を削除される“観察者候補”たち

 ・同じ顔、同じ名前、違う人格

 ・“17回目の観察”が失敗に終わる記録


(これ……全部、俺……?)


 ユウは初めて、自分が“過去の犠牲の上”に構築された存在であることを知る。


「……お前は、“俺じゃない”」


「……ダカラ……タスケテ、ホシカッタ」



――07:破壊と受容


 ユウは、崩れゆく《NULL》を見ていた。

 その身体から、砕けた“鏡片”が散っていく。


 そして、静かに告げる。


「記録されないお前がいたから……

 俺は、記録を選び取れた。ありがとな」


【敵存在:観察記録に追加】

【観察者ユウ:自律戦闘権限 付与完了】

【観察→干渉→記述 への遷移を確認】


 アマが近づく。


「あなたは……記録にない存在を、“観察”し、“記述”しました」


「……選んだんだ。自分の目で、世界を見て。俺の意思で、抗った」


 ユウは、ようやく“観察する者”として、一歩を踏み出した。

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