第11話 「鏡の中の自分たち」

――01:仮想空間“ログ・ミラー”


「この部屋……ずっと開かなかったのに」


 ネオ・ラグナ拠点の地下階。

 密閉されていた部屋のロックが、ユウのIDで解除された。


 中には、古びたドーム型装置。周囲に投影機と神経接続用のインターフェース。

 起動パネルには《LOG-MIRROR》という文字が浮かび上がっている。


「これは……?」


「記録体験装置。“かつての自分”の断片と、仮想的に接触するための空間です」


 アマの声が、少しだけ硬い。


「本当に接続してもいいのか?」


「自己定義が開始された今なら、“他の自己”とも向き合えるはずです」


 ユウは静かにうなずいた。


「わかった。行ってくる」



――02:誰かが“待っていた”


 仮想接続が始まると、視界が白に満たされた。

 次の瞬間、ユウは“何もない部屋”に立っていた。


 壁も床も天井も鏡張り。


 そして、その中心に――“彼ら”はいた。


 一人、また一人。

 ユウと同じ顔。同じ声。同じ眼差し。


 だが、表情が違う。雰囲気が違う。


「やっと来たか。17番目」


 最初に口を開いたのは、長髪の男。

 ユウによく似ていたが、顔には深い皺があり、目は燃えるようだった。


「君たちは……」


「YUU-04、YUU-09、YUU-12……そして俺はYUU-15」


 その名前に、ユウの胸がざわつく。


(YUU-15――前周期体。あの記憶に現れた“俺”)



――03:“彼ら”の語ること


「なあ、17。お前、自分が誰だと思ってる?」


「……俺は、俺だ。それ以外、今はわからない」


 YUU-09が笑う。


「だよな。でもさ、それって“誰かに定義されたお前”じゃないか?」


 YUU-12が続ける。


「俺たちは“観察者”として作られた。だけどその実態は、観察の記録にすぎなかった。

 ――つまり、“見られるための存在”だったんだよ」


 YUU-15が静かに言う。


「お前がその記録から逸脱したとき、ようやく“観る側”に立てる。

 だがそれには――“鏡を割る覚悟”が必要だ」



――04:選択肢の提示


 YUU-04が手を差し出してくる。


 その手には、2つのデバイスがあった。


 一つは《同期制御装置》。自分の意思をすべて“上位AI”に委ねるもの。

 もう一つは《観察切断キー》。観察対象としての全ての記録を断絶し、自律型として再起動するためのもの。


「どちらを選ぶ?」


 ユウは、二つの装置を見比べた。


 どちらにも正解はない。

 そしてどちらも、かつて誰かが選んで“壊れた”。


「……まだ選べない」


 YUU-15が微笑む。


「それでいい。ここは“選ぶ前に揺らげる場所”だ」



――05:“模倣”の終わりと始まり


 その時、ミラーの部屋が微かに軋んだ。


 壁の一枚が、音を立ててひび割れる。

 そこから漏れ出したのは、暗黒のような記録の海――


 そして“何か”が声を上げた。


「君が、まだ“誰でもない”ということを忘れるな」


 YUUたちが一斉に消えはじめる。


 ユウが叫ぶ。


「待て! 俺は……まだ聞きたいことが!」


「だからこそ、鏡は割れるんだ」


 最後に残ったYUU-15の微笑みが、仮想空間の光に溶けていった。



――06:帰還


 ユウが意識を戻したとき、アマが隣に立っていた。


「……おかえりなさい」


「……ああ。ただいま」


 ユウの右手には、いつのまにか“鏡片”が握られていた。


 それは、仮想空間で割れたミラーの一部。

 だが、データ上は存在しないはずのものだった。


「これは……?」


「あなたが“定義されないままに持ち帰った意味”です。

 その存在が、あなたの観察者としての特異性を証明しています」


 ユウは、自分がまだ未完成であることを理解した。

 だが同時に――自分が唯一、未定義でいられる観察者であることも。



――07:“揺らぎ”のまま進む


 深夜。ユウは拠点の屋上に立っていた。


 遠く、ネオ・ラグナの空に再び“黒い輪”が浮かんでいる。


 だが今は、それを恐れていない。


「俺は……まだ“誰でもない”」


 それは敗北ではない。

 “定まらない”という自由が、今のユウを支えていた。


 アマがそっと、隣に立つ。


「あなたが“誰になるか”は、あなたが選ぶものです」


「……なら、次は俺が――誰かの記録になる番だな」

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