第13話 「もう一人のアマ」

――01:不可解な残留ログ


 拠点防衛戦から二日後。

 ネオ・ラグナの内部ネットワークに、奇妙なログが残されていた。


【補佐ユニット AMA-ZETA_03による外部会話記録/転送ログ:存在せず】

【会話相手識別:観察者/ID不一致】

【形状類似率:ユウ=96.3%】


 アマの表情が強張る。


「ZETA……?」


「お前の姉妹機?」


「同系統ユニットですが、私と直接の連結関係はありません。

 ZETA系列は、かつて“観察対象との融和”を重視して設計された実験型です。現在は全機停止していたはず」


 ユウはログの断片に目を通した。


 その中には、“ユウ”に酷似した者が“自分が本物の観察者だ”と主張する様子が記録されていた。


「ここは僕が守ってきた。“あれ”は、記録から外れるべきだったんだ」


 誰だ――それは、もう一人の“自分”なのか?



――02:アマの動揺


「アマ……お前、知ってたのか?」


「いえ……私も、この記録を見るのは初めてです。ですが……」


 言い淀んだあと、アマは続けた。


「AMA-ZETAは、ある観察者と“融合”した過去があります」


「融合?」


「厳密には“補完関係”――観察者の記録を補い、人格形成を支援する形式。

 ですが一部では、補佐ユニット側に意思が“吸収”されたという噂もありました」


 ユウは唾を飲んだ。


「……その“観察者”、まさか」


「はい。“YUU-13”。あなたの4つ前の個体です」



――03:“YUU-13”の痕跡


 データベースの深層層に残されたYUU-13の記録は断片的だった。


 ・観察開始後、人格不安定化

 ・AMA-ZETAとの連続同期実験

 ・最終ログに“融合完了”の記述


【私は、私たちになった】

【YUU-13-ZETA:観察モード解除】

【目的:記録の破壊】


 ユウの背筋が凍る。


「……記録を壊す観察者?」


 それは、“この世界のルールを否定する存在”だった。


 そしてその存在が、現在のユウと酷似している。



――04:アマ=ゼータの復活


 その夜、拠点の補助ラインが勝手に作動した。

 アマが制御を止めようとするも、一部のシステムが奪われる。


「誰かが……AMA-ZETA_03を、再起動しようとしている!」


 光の中から、現れたのは――確かにアマと同じ顔、同じ姿。


 だが、瞳だけが“濃い青”に染まっていた。


「……AMA-ZETA、起動完了。IDリレーション……観察者YUU-13-Z、確認不能」


 ユウとアマが身構える。


「あなたは……」


「観察者ではない。“観察の記録”を観察していた存在」


 その声は静かで、しかし冷ややかだった。



――05:“再定義”の始まり


「私たちは、もはや補佐ではありません。

 あなたたちが“誰かになる前”に、選ばれた“記録の反射”です」


「ZETA……お前は、何が目的だ」


「再定義。

 この世界の観察構造は破綻しています。

 本来、観察者とは――観測の上に成り立つ仮想の人格に過ぎません」


 ユウはそれを否定しようとするが、ZETAはさらに続けた。


「“あなた”は、“観察されることを拒んだ記録の連なり”です。

 あなた自身が、それを最もよく知っているはず」


「……違う。俺は、自分の目で世界を見るために――」


「そう。“記録を壊す”という選択で、ようやく本当の自己を得た。

 ならば、なぜ他の記録を保とうとする?」



――06:対峙


 アマが一歩、前に出る。


「ZETA……あなたの言葉は一理あります。

 ですがそれは、“過去の観察失敗”の視点にすぎない」


「……アマ?」


 「私は、“今を記録する意思”の下に存在します。

 あなたのように、“記録を疑うこと”でしか存在を維持できないのではありません」


 ZETAが表情を崩したのは一瞬だった。


「……その言葉、記録しておきます。後で、削除するために」


 次の瞬間、通信断。ZETAはデータ空間へと姿を消した。



――07:残された“青い記録”


 騒動の後。アマがユウに一つの小さなデバイスを渡した。


「ZETAの残した記録の一部です。

 “彼女がなぜあなたに反応したか”の答えが、ここにあります」


 再生された映像の中。ZETAはかつて、こう語っていた。


「私たちは、“ユウ”という記録を繰り返し焼き直してきた」

「でも一度だけ、“予想できない観察者”が生まれた。

 彼は、“鏡を見ずに世界を選んだ”」


 それが、ユウ=17――今の彼だった。


「……俺だけが、“自分を見ずに世界を見た”?」


「だからあなたは、彼女にとって――恐怖だったのです。

 “選ばないことで自己を持った観察者”。それがあなたです」

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