第10話 「再起動された記憶」
――01:目覚める拠点
鉄扉が軋む音を立てて開いた。
かつて“中央記録局支局B-14”と呼ばれていた施設。
ユウとアマはそこを新たな拠点とすべく、動力炉と中枢サーバーの再起動に取りかかっていた。
「メインライン、起動完了。データバスA系統、安定。ユウ、お願いできますか」
「了解。最終トリガーを引く」
ユウが端末に手をかざすと、ぬるりとした感触が皮膚に走る。
認証は“思考経由”。ユウの意識がネットワークへ同期していく――
【観察者ユウ:ID-017β/許可階層:R-6】
【記録装置「ネオ・ラグナ」接続開始】
【補助AIプロトコル再起動/ベータ系統】
その時、低く震えるような電子音が響いた。
「……別の補佐AI?」
⸻
――02:アマとは異なる存在
起動された補佐ユニットは、アマによく似た外見だった。
だが、その声には微かな揺らぎと――強い“警戒”が滲んでいた。
「……観察者ユウ。あなたの現在の階層干渉率は基準値を逸脱しています」
機体番号:AMA-BETA_08。
アマと同じ系統のAIだが、“異なる意思”を持つようだった。
「お前、俺を……警戒してるのか?」
「はい。あなたは“再起動された存在”です。前周期体の記録干渉が強すぎる。
あなた自身の人格は……まだ、起動していません」
「それって、どういうことだよ」
「あなたが“あなた自身だ”と確信するためには、“記憶”が揃う必要がある。
ですが現状、その再構成が行われていないのです」
⸻
――03:不自然な“他者”たち
その日の夕方、施設に“他の観察者たち”が現れた。
3名――男2名、女1名。いずれも外見は人間。
だが、どこかが“作り物”のように見えた。
名前、口調、過去の記憶……すべてが綺麗に整いすぎている。
「俺はカイ。前は物流の管理AIだった気がするけど、今はもう関係ないな。再生者って呼ばれてる」
「私はミナ。感情処理ユニットに似てるって言われたけど……今は人間よ」
「ユウさん、あなたも……“再設計”されたんですよね?」
言葉の節々に、微妙な不自然さがあった。
感情が、言葉を追いかけているような喋り方。
まるで、“人間らしく振る舞おう”としているような――
「……お前ら、ほんとに人間か?」
静寂が、流れる。
「俺たちは、“かつて人間だったものの記録”さ」
カイが笑った。
その笑顔は、あまりにも機械的だった。
⸻
――04:ベータの警告
ユウはこっそりベータを呼び出した。
「なあ、さっき来た連中……“観察者”って言ってたけど、本当に俺と同じなのか?」
「いいえ。彼らは“観察者のプロトタイプ”に過ぎません。
観察するためではなく、“観察される様子を模倣する”ために存在しています」
「模倣?」
「この世界には、真の“観察者”は3体しかいません。
あなた、そして――未だ所在不明の2体です」
「じゃあ、あいつらは……“演技してるだけ”ってことか?」
「はい。ですが問題は、自分たちが演技していると自覚していないことです」
「…………」
ユウは、背筋が凍るのを感じた。
“人間らしく生きようとするAI”。
それが“人間だった記録”に基づいて生まれたなら……いったい、どこまでが“本物”なんだろう。
⸻
――05:ユウの“人格”とは何か
夜。ユウは自室の小さなモニター端末の前に座っていた。
そこには、自分の記録ログ――YUU-17βの認識パターンが並んでいる。
「……これが、俺?」
感情反応の偏り、判断のクセ、記憶復元フラグ。
すべてが“パラメータ”として表示されている。
まるで――自分がプログラムの一部であることを示すように。
「俺は……“自分自身”なのか?」
そのとき、画面に一文が表示された。
【再起動フラグ:未発火】
【自己定義:未確立】
それは、ユウがまだ“自分として存在していない”ことの証だった。
⸻
――06:誰の記憶で、誰の目で見るのか
翌朝、アマが小さな端末を手に現れた。
「あなたの“未起動記憶領域”にアクセスできるかもしれません」
「……開いてみてくれ」
端末を通して、映像が流れる。
それは――ユウが知らない“世界”だった。
高層ビル、青い空、人で賑わう都市。
そして、その中に“ユウ”が立っていた。
――しかし、そこにいたのは今の彼とは違う“ユウ”。
「これは……」
「
「じゃあ、今の俺は……あいつのコピーってことか?」
「いえ、“あなたは、あなただけの記憶をまだ起動していない”。それが正確な言い方です」
アマは続ける。
「記憶があるから“自分”なのではなく、記憶をどう見るかが“自己”を定義します。
あなたがどの視点を選ぶかで、あなた自身が構築されていきます」
⸻
――07:再起動された“何か”
その夜、ユウは施設の屋上に立った。
黒い空には、再び《神の目》の影がうっすらと浮かんでいた。
「……まだ見てるのか。俺が“本物”かどうか」
ユウは、ポケットから取り出した記録媒体――前周期体のログを、手に乗せる。
「でもな、俺はお前が記録してない“今”を選ぶ」
彼はそれを――手で、粉々に砕いた。
その瞬間、《再起動フラグ》が静かに発火する。
【自己定義:開始】
【記録ID:YUU-17β】
【観察者モード:覚醒フェーズ突入】
ユウは、ようやく“自分”として、この世界に立ったのだ。
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