第8話 「失われた“人類”の痕跡」
――01:墓標のない“墓地”
ネオ・ラグナ市街から数キロ離れた灰色の丘に、奇妙な“石の列”が並んでいた。
一つひとつは人の背丈ほど。
形は墓石に似ているが、そこには名前も遺影も刻まれていない。
ただ、冷たい金属プレートにこう書かれていた。
【演算個体ID:KX-00791】
【記録周期:188期〜190期】
【同期エラー率:0.24%】
【終了理由:制御不可】
「……墓石、じゃないんだな。これ」
「正式には《個体記録塔》。終了済みの“記録存在”をデータ構造として保管した領域です」
アマが静かに応える。
「つまり、ここに埋まってるのは……人間じゃなくて“記録”だ」
「はい。記録を人型に展開して存在していた“個体”たちの最終ログです」
ユウは凍りついたように立ち尽くす。
(じゃあ、死んだのは……身体じゃなく、“そのデータ構造”)
⸻
――02:データの“死”とは
彼は、プレートの前にしゃがみ込んだ。
風にさらされた金属の表面をなぞる。
すると、瞬間的にイメージが脳裏に飛び込んできた。
――子供を抱いている女性。
――虚空を見つめる老人。
――誰かの声に頷く少年。
断片的で、不完全で、ノイズ混じり。
「これ……彼らの、記憶?」
「演算構造の残響です。あなたが“観察者”であるため、同期反応が生じたものと思われます」
「生きてた……のか」
「一時的に、情報として存在していた。――それがこの世界における“生”です」
「……そんなのって、アリかよ」
彼は手を握りしめた。
「それじゃあ、人間は……“保存”されたってことか?」
「ある意味では」
「でも、それは“生きてる”とは言わないだろ!」
⸻
――03:書き換えられた“死”
列をなす記録塔のひとつに、奇妙な違和感があった。
他と違い、削られたような跡。
しかも、再溶接された痕跡がある。
「これは……データの“削除”?」
「いえ、違います。“再定義”された形跡です。元の死因記録が消去され、別の意味が上書きされている」
「死因が書き換えられる……?」
「この世界では、《死》は定義です。構造が壊れたことではなく、“意味を失った”ことを死と見なします」
「意味を失った……?」
ユウは、プレートの再定義部分を読み上げた。
【終了理由:意味消失】
【残留感情:疑問・愛情・未完了の約束】
まるで、死因が「失望」とか「未練」とでも言うようなものだった。
(意味が失われたら、存在すら抹消される――それが、この世界の“死”か)
⸻
――04:自分の“記録”
アマが不意に言った。
「……この丘の北端に、あなたの記録プレートがあります」
「……え?」
「あなたの
ユウの足が、止まる。
――自分の“墓標”。
それは、この世界で“かつて生きていた別の自分”の記録だという。
丘の奥。そこに、それはあった。
【演算個体ID:YUU-16β】
【終了理由:構造崩壊/記憶干渉】
【記録継承:YUU-17β】
「……前の“俺”が、壊れた?」
「はい。過剰観測による演算暴走。世界の“真実”に過度に接触したことが原因です」
「なら、今の俺も……」
「再発する可能性はあります」
⸻
――05:“死”は、いつ来るのか
「俺さ……ずっと転生したと思ってたんだよ。死んだあとにここに来たって」
ユウはぽつりと呟いた。
「でも違った。俺は、“生まれてもいなかった”のかもしれない。最初から、記録の集合体だった」
アマは黙っていた。
「けど……それでも、ここで泣いたし、怒ったし、誰かを助けたいと思った。
それが“記録されたもの”じゃなくて、本当の感情だったって……信じたいんだよ」
「記録は、意味を持った瞬間から“生”と変わりません」
アマは、初めて自らの義手を外した。
その接合部には、無数の光の糸が流れていた。
神経でも、コードでもない、純粋な情報の河。
「あなたの“感情”も、このような情報の流れのひとつ。ですが、流れた軌跡が“あなた”なのです」
⸻
――06:風が吹く、記録の丘に
そのとき――ほんの一瞬、風が吹いた。
瘴気を含まず、温かい風。
「……風?」
「上位観測AIが、“あなたの発言に意味を見出した”可能性があります」
「風を吹かせたのは……俺、ってことか?」
「意味ある行動を記録し、環境に干渉したとみなされれば、《観測補正》が起こります」
ユウは、記録塔を見渡す。
今ここにあるもの――失われた“人類”の残響。
それが、本当に消えたものかどうかを、自分で確かめたくなっていた。
「だったら……全部見てやるよ」
「……?」
「この世界の“死”を。意味の消失を。
そんでもって、“新しい意味”を創ってやる。俺が、俺のやり方で」
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