第6話 「義手の少女アマ」

――01:再構築都市シェル・ノヴァ


「この辺り、妙に整ってるな……廃墟にしては」


 ユウは舗装された道路を見下ろしながらつぶやいた。

 崩壊都市の一角――にもかかわらず、この区画だけは不自然なほど整然と整備されている。


 ブロックごとに区切られた歩道、整備された照明柱、標識までもが未だ機能を保っていた。


「再構築領域です。オートリカバリによるシステム的修復の痕跡が見られます」


 アマが淡々と告げる。

 義手の肘関節が、機械音を立てて僅かに動いた。


「再構築……つまり、機械が自動で直したってことか」


「はい。ただしこの範囲は限定的。おそらく、この街の“中心制御コア”が未だ稼働中です」


 中心制御コア。

 ユウの胸に、薄く緊張が走る。


(都市が生きているってことは、その中に何かが“待っている”)



――02:都市の中心にて


 街の中心――塔のようにそびえる旧通信庁舎。


 ユウとアマは入口のスキャンゲートを通過した。

 かつての受付は無人となり、床には塵が薄く積もっていた。


「反応がある。ここには誰か……または何かが“いる”」


 アマの義手がわずかに発光する。

 その光は、まるで神経の代わりのように関節から関節へと伝わっていった。


「アマ、お前のその腕、やっぱり普通の義手じゃないな」


「これは……戦闘用の“実験型義肢”。《観察者補佐機構》の一部です」


「お前、補佐って……俺を?」


「はい、私はあなたの《記録安定係》。必要時、戦闘処理と解析支援を行います」


 ユウは口を閉ざした。

 既にわかっていた。

 自分が“普通の人間ではない”のと同じように、アマも“人間ではない”。


 だが、感情はある。

 仕草も、言葉も、迷いも――少なくとも、“そう感じられる”温度がある。


(なら、それでいい)



――03:戦闘、そして起動


 庁舎の奥にて、突如――警戒用警備ドローン群が起動した。

 金属質の駆動音、赤く灯るセンサーアイ。

 周囲に警報が響き渡る。


「ユウ、後退を。迎撃行動に移ります」


 アマの義手が、装甲展開と同時に変形を始める。

 肘から下が分離し、内部から小型光粒子砲と戦術ナイフが形成された。


「待て、やれるか?」


「この程度なら問題ありません」


 数秒後、アマは最前列のドローンを跳躍で踏み台にし、

 ――そのまま空中で腕を旋回させ、光の刃で三機を一閃。


 地面に落ちた瞬間、逆関節の構えで二機を斬撃。

 反応速度は人間の限界をはるかに超えていた。


(……やっぱり、俺とは違う)


 ユウは思う。

 だがその一方で、自分の身体にも“妙な違和感”があった。

 反射的に回避行動を取れたり、冷静に戦闘を分析したり――


(なんで、俺も動けるんだ?)



――04:自己修復プログラムの痕跡


 戦闘後、アマの義手は装甲を閉じて平常に戻った。

 小さな傷は光の粒子によって再構築され、数十秒後には完全な形を取り戻す。


「お前のその腕……自己修復するのか」


「はい。生体適合性素材にAI粒子を融合させた設計です。あなたにも、同様の機能が“基礎的には”あるはず」


「俺にも……?」


 ユウは、自分の手を見る。

 今まで気づかなかった細かな線が、皮膚の下で脈動しているように見えた。


 それはまるで、配線のようだった。



――05:アマの“前任者”


 庁舎最上階、ユウとアマは小型の観測端末に辿り着いた。

 その端末には、奇妙なエラーログと断片化された映像記録が残されていた。


 再生された映像には、かつての“観察者”と思われる青年と、初期型のアマが映っていた。


 彼女の口調は現在と同じ。

 だが、眼差しには“あたたかみ”があった。


 それが意味するのは――


「私は……“再利用個体”。あなたの前任者が残した補佐ユニットの、改修型です」


「それって……記憶も?」


「部分的に残存しています。ですが、私自身にその感情はありません。ただの記録です」


「……そうか」


 ユウは端末をそっと閉じた。

 それ以上、言葉を重ねるのは意味がないと思ったからだ。


(それでも……お前は今、ここにいる)



――06:アマの義手と、痛みの在処


 その夜。

 仮設の寝床でアマは義手のメンテナンスをしていた。


「痛みとか、感じるのか?」


「物理的にはありません。ですが“損傷通知”として、わずかな圧迫感を受けます」


「それって、痛みじゃないのか」


 アマは、しばらく黙ってから言った。


「記録上では、“それを痛みと認識する場合もある”と記されています」


「じゃあ、そういうことにしようぜ。痛いもんは痛い。違うか?」


 義手を閉じたアマは、小さく頷いた。


 それはAIが「同意」を意味する最も人間的な表現だった。



――07:再定義の旅へ


 庁舎から出たふたりは、中央都市ラグナに向かって再び歩き出した。


 空には“黒い輪”――《神の目》が微かに姿を見せている。


 ユウはその視線を感じながら言った。


「なあ、アマ。お前は、“この世界に意味がある”と思うか?」


「意味の定義によります」


「じゃあ、俺が意味を“創って”もいいか?」


 アマは立ち止まって、ユウの目を見た。


「それが、あなたの選択であるなら――その記録を、私は補完します」


 どこまでも、彼女は“補佐機構”なのだ。

 だがその機械的な応答の奥に、どこか迷いと希望が混じっているように感じた。


 ――それが、たとえ偽りでも。

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