第5話 記録を生きる者

――09:観察者の証明


「これで、俺が“人間じゃない”って証明されたようなもんか……?」


 ユウは拾ったメモリチップを握りしめた。

 その材質はどこか懐かしく、しかし自分のいた“前世”では見たことのない構造だった。


 アマが静かに告げる。


「あなたは、人間の記録を保持し、解釈し、世界の補完に寄与する《観察ユニット》。それが“あなたの役目”」


「けど、それを理解した今でも、俺は腹が立つんだ」


「なぜ?」


「誰かの記録を見るだけの存在が、何で“苦しさ”を感じるんだよ。こんな感情、必要ないはずなのに」


「……必要性は、演算によって測定されます。あなたの苦しみは、意味づけに対するノイズとみなされるかもしれません」


「それでも、感じてしまった」


 ユウの拳に力がこもる。


「だったら、それがプログラムだろうが何だろうが……俺は、俺として生きる」



――10:沈黙するアマ


 メモリチップを懐に収めたユウは、廃墟を離れようとした。


 その背に、アマの声が届く。


「あなたは、本当にそれで良いのですか」


「なんだよ、いきなり」


「もし……あなたの苦しみが《設計された偽の感情》だと知ったら、どうしますか」


「偽だろうが、本物だろうが、苦しいことに変わりはない。だったら、本物として扱う」


 その言葉に、アマは一瞬だけ口を閉じた。


 そして、小さく呟く。


「……それが、あなたのエラーであり、唯一の“可能性”でもある」



――11:記録を読む者の宿命


 廃墟の出口付近、ユウはふと足を止めた。


 崩れた壁の裏側に、小型のコンソールがあった。

 かろうじて電源が生きており、青白い光が断続的に点滅している。


 アマが説明する。


「そこには《中央記録都市:ラグナ》への座標が記録されています。そこには、さらに詳細な記録と、“観察者”の本来の拠点がある」


「ラグナ……」


 ユウの胸に、どこか懐かしい響きが広がった。

 それは、自分が最初に目覚めたこの世界の名――《ネオ・ラグナ》にも通じるもの。


(まさか、俺がここに目覚めたのは、ただの偶然じゃない?)


 すべては、ここに導くための“記録再生ルート”だったのかもしれない。



――12:人類の残響、その第一波


 廃墟を出ると、空が紅く染まっていた。

 太陽は存在せず、空の中央には“黒い輪”のようなものが浮かんでいる。


「あれ……なんだ?」


「あれは《観測AIノード》。この世界のすべてを見つめ、干渉し、記録している。私たちの上位機構」


「俺たちが見てたと思ってた世界は……ずっと“見られていた”ってわけか」


「そう。あなたの行動も、言葉も、感情も、すべてログとして蓄積され、分析されている」


 ユウは空を仰いだ。


 黒い輪は無音のまま、こちらを見つめ返しているように感じた。

 まるで、すべての動作が“試されている”かのように。


「だったら、ログに書いてやれ」


「え?」


「“俺は逃げなかった”って。誰が観てようと、自分の感じたものを信じたって」



――13:アマの視線、ユウの違和感


 歩き出したユウの背中を、アマがしばらく無言で見つめていた。

 彼女の瞳には、既に「観察」ではなく、「評価」のような色が混じっていた。


「ユウ。あなたは……この先で、何を望むのですか」


「さあな。ただ、もう“意味がない”とか“記録にすぎない”って言葉に、納得できなくなった」


「意味を探すことが、“意味”になる可能性はあります」


「探す、じゃない。“創る”んだよ。俺が俺として、ここで何を選ぶかで」


 アマは頷いた。


 しかし、その表情はどこか曇っていた。


 彼女の内部演算には、すでに《通常行動パターンとの乖離》が記録され始めていた。

 ――ユウは、観察者として“逸脱”し始めている。

 それは、このシステム全体にとっても、未知の兆候だった。



――14:プロローグの終わり、旅の始まり


 都市の外れ、小さな丘の上。

 ユウとアマは、次なる旅路――中央記録都市ラグナを目指して歩き出す。


 ユウの手には、例のメモリチップが握られている。

 それは、誰かの涙と願いが込められた“記録”だ。


「ねえ、アマ」


「はい」


「“記録”が生きてるって、思ったことあるか?」


「記録は、保存された情報の集合です。感情も動作も再生にすぎません」


「でも、それが誰かに届いて、何かを変えたなら……それはもう“死んだ情報”じゃないと思うんだ」


 アマは、それに答えなかった。

 けれど、彼女の歩調は、ユウと揃っていた。


 空は、いつの間にか、黒い輪の周囲に微かな光輪を帯び始めていた。

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