第4話 記録の中の異物

――05:侵蝕する記録


 ユウが再生を終えて数分も経たないうちに、部屋の光が明滅を始めた。


 ビィィィィィ――……。


 耳を劈くような高周波ノイズが鳴り響き、天井から、黒い粉のようなものが降ってくる。


「記録構造が、崩壊を始めている。過負荷だ」


「なにが起きてる……!? 俺が見たからか!?」


「“観測者が共鳴した場合”、記録は現実の演算領域へと侵蝕する可能性がある。それが、今」


 ユウの周囲に、さっき見た光景が“現実”として浮かび上がっていく。

 校庭、教室、夜の部屋――。

 仮想であったはずの映像が、瓦礫の空間に投影され、まるで“あの日”が蘇るかのように。


(これ……俺のせいで現実が壊れてるのか?)


「この現象は、《再帰干渉》と呼ばれる。観察者が“意味”を与えたことで、記録が現実領域に定着した」


「意味を与えたら壊れるなんて……なんでそんな世界になってんだよ……!」


「それが、終末の理由の一つかもしれません」



――06:存在しないはずの少女の名


 崩壊する空間の中心に、ひとりの少女が立っていた。

 白いワンピースに、青いリボン。

 ――間違いない。さっきの記録にいた、あの少女だ。


 ただし、これは再生映像ではない。

 彼女は、ユウを見て、口を開いた。


「――ユウ、やっと来てくれたね」


 時が止まったようだった。


「……俺の、名前?」


「覚えてる? “約束”」


「な、なんの……」


 少女は笑った。悲しそうに。


「きっと全部忘れてると思ってた。でも、声だけは覚えてた。あたたかかったから」


(……これは、演算が生んだ幻覚じゃない。俺の、記憶の底にある……?)


 ユウの頭の中に、“ありえないはずの景色”が蘇る。


 校舎の屋上、風に揺れる旗。

 それを見ながら、自分は――たしかに誰かと話していた。

 その「誰か」が、この少女だったような気がする。


「名を名乗ってくれ」


「私は、アユ。あなたの“データの外側”にいた存在」


「データの、外側……?」


「言葉で説明できない。でも、あなたがこの世界を“終わらせたい”って言った、その気持ちだけは、今もここにある」



――07:壊れたはずの端末


 次の瞬間、少女――アユの姿は消えた。

 同時に、床に転がっていたはずのディスクが激しく発光し、その中央に“文字”が浮かび上がる。


【記録異常:オリジンコード干渉を検出】

【認証ユーザー:YUU-17β】

【封印された記録:一時開放】


 目の前の端末が、自動的に再起動を始めた。

 ノイズ混じりの映像の中、子どもの声が複数、交錯して聞こえてくる。


「なんで、全部こんなことに……」

「みんな消えちゃったよ……」

「お願い、記録して。私たちが“いた”ってこと」


 ユウの手が震える。


(この声、全部……“俺”が録音してた?)


 次第に浮かび上がってくる、自分の「別の人格」の記録。

 それは、明らかに“この世界が壊れる前”のものだった。


「アマ……俺、やっぱりただの転生者じゃないんだな」


 アマは、答えなかった。



――08:記録から現実へ


 空間が崩壊していく。

 記録と現実の境界が曖昧になり、崩れたビルの向こうに、かつての都市の残影が重なる。


 ユウは、光の中に手を伸ばす。


 すると、ひとつの断片が掌に乗った。


 それは、焼け焦げたメモリチップ。

 けれどそこには、かすれた手書きの文字があった。


『観察者へ。この世界の“記録”は、真実ではない。だが、嘘でもない』


「……じゃあ、俺が今感じてるこの苦しみは……」


「それも記録。だが、君が選んだ“意味”は、現実になりうる」


 そう告げたのは、またしても記録の中の声だった。


 そしてユウは気づく。

 “この世界には、まだ明かされていない記録がある”。

 そして、自分がそれを“探し続けるように”作られた存在かもしれないということに。

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