30

 「……ルリ子さん。」

 「どしたのよ?」

 「……。」

 「滉青?」

 滉青の顔を覗き込む彼女は、観音通りの一等地、街灯の真下に立つ高級娼婦のルリ子だ。ドライで明るい性格が楽で、たまに女が途切れると、2、3日部屋に置いてもらうことがあった。多分、ルリ子にとってそういう男は滉青ひとりではない。そういう意味でも、楽な相手だった。

 「俺、行くとこなくて。」

 なにか口にすると、一緒に涙が出てきそうだった。それをこらえて、じっとこちらを見上げてくるルリ子からは目を逸らし、短く言葉を紡ぐ。するとルリ子は、軽く肩をすくめた。

 「滉青が行くとこないって、珍しね。いいよ。うちに置いてあげる。」

 でも、顔色悪いのはそれが原因じゃないね。

 ルリ子が千里眼みたいにそんなことを言うから、滉青は驚いたまま、反射みたいに頷いていた。 

 「なぁに? どうしたのよ?」

 くすり、と、華やかなピンク色の唇を笑わせながら、ルリ子が掴んだ滉青の手をゆらゆらと揺する。彼女のその明るさは、滉青にとって、本当に久しぶりのものだった。ここ数日はずっと美雨と二人、白い部屋であまり会話もせずにいたし、その前だって、ろくに顔も覚えていないおんなと、ろくに覚えてもいない会話を交わして暮らしていただけだ。

 「……ルリ子、さん。」

 滉青は、崩れるみたいに背中を丸めて、ルリ子の肩に顔を伏せていた。 

 「なぁに? どうしたのよ?」

 そう繰り返しながら、ルリ子は滉青の肩を撫でてくれた。

 「俺……、」

 滉青は、もがくみたいに言葉を発する。

 「俺、どうしていいのか、分からなくて、」

 「なにが?」

 「はじめて、ひとを好きになったから。」

 普段の滉青を見ているルリ子からしたら、なんだそれは、と言いたくなるような台詞だっただろう。滉青はいつだって、男もおんなも構わず、みんな大好き、みたいな顔をして観音通りを周遊していたから。

 それでも彼女は、呆れた様子も、意外そうな様子も見せずに、そう、と、呟くように言った。

 「そういうの、大事にした方がいいわよ。」

 その台詞こそ、滉青にとって意外なものだった。ルリ子は、観音通りでも古株の娼婦だ。もう、ことに男に対しては、好きも嫌いもなくなっているのであろう、生え抜きの娼婦。それでも彼女は、滉青の肩を撫でながら、やさしく言葉を接いだ。

 「一回なくすと、見つけるの大変だからね。大事にした方がいい。」

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