10

 美雨がゆっくりと、薄い瞼を開けたのは、函崎が出ていってすぐのことだった。

 やっぱり、ずっと起きていたのではないか。

 滉青はそう思ったのだけれど、美雨に問いかける気にはなれなかった。

 「……あのひとは?」

 寝ぼけた様子はなく、でも少しだけぼやけたような視線で滉青を見て、美雨が呟くように訊いた。

 「……帰ったよ。」

 「……そう。」

 シャワー浴びてくる、と、美雨がベッドを下りようとする。それを、滉青が腕を掴んで止めた。

 「函崎さん……、帰らせちゃって、いいの?」

 びくびくと様子を窺うような、我ながら弱気な声が出た。美雨は滉青に掴まれた腕を見下ろして、軽く肩をすくめた。

 「いいも悪いも、あのひとには奥さんいるのよ。」

 ベッドの上にある窓からは、白いカーテン越しに、早朝の透明な朝日が射しこんでいる。こんな時間に帰ってくる夫を、妻はどんな顔をして出迎えるのだろうか。滉青にはどうしても、あの色っぽすぎる男が、ひとりのおんなとひとつの屋根の下で暮らしているところは想像できなかった。

 俺は生まれつきの男娼だった。

 函崎は確かにそう言ったし、あの男に妻がいるという話よりは、生まれつきの男娼だったという話のほうが、滉青には受け入れやすかった。 

 「……生まれつきの男娼だったって、言ってたよ。あのひと。」

 滉青が、ため息みたいになる細い息を吐き出すと、美雨は形の言い薄い唇を笑みの形に歪めた。

 「そんなこと言ったの? あんたに?」

 「うん。」

 「珍しいわね。滉青のこと、気に入ったのよ。」

 「気に入った?」

 「ええ。」

 まさか、そんなふうには思えなかった。セックスはした。確かにしたけれど、それはむしろ、滉青がどうでもいい相手だからしたのだという感じがした。

 「……美雨さんって、函崎さんと寝たことある?」

 発した声は、少しだけ震えた。返事はすでに、予想できていた、そして、予想できているその返事に、どうして自分がこんなに動揺するのかも分かってはいた。ただ、認めたくないのだ。それを認めると、自分がぐっと弱くなるような気がする。

 白いシーツから、惜しげもなく裸の胸を覗かせた美雨は、長い髪を肩の後ろに払いのけながら、ないわよ、と答えた。滉青はただ、そう、と頷いた。予想はできていた返事。それでも、予想よりも自分が動揺していることが真底嫌で、服の上からぐっと胸元を握りしめた。

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