「なんのって……。」

 滉青は、あまりに淡白な函崎の物言いに、言葉を失って黙り込みながら、ただ彼を見つめた。彼は、平然と滉青の視線を受け止め、微かに微笑んですらいた。

 「美雨は、別だよ。」

 やっぱり笑いながら、函崎がそう言った。

 美雨は、別。

 なにが、どんなふうに、なぜ、別なのか?

 滉青は、混乱していっそ泣きたいくらいの気持ちになりながら、それを函崎に問いかけた。すると彼は、やっぱり平然としたままそれに応じた。

 「美雨とは、交代制みたいだったんだよね。俺は生まれつきの男娼だった。美雨は、大人になってから売春をはじめた。その間、ずっと一緒にいた。ずっとね。だから、別。」

 さらさらと、流れる水みたいに告げられる言葉に、滉青はじっと全身を傾けた。それでもやっぱり、函崎の言うことを理解することはできなかった。生まれつきの男娼とは、なにか。ずっと一緒にとは、幼馴染かなにかだったのか。それなら美雨は、売春する函崎を、ずっと隣で見続けていたというのか。

 「俺はそろそろ帰るよ。邪魔になるだろうしね。」

 函崎がネクタイの形を指先で整えながら、するりと立ちあがった。美雨は、変わらぬ寝息を立てている。

 「え、待ってください。邪魔になるのは、俺のほうでしょう?」

 俺が帰ります、と、滉青も慌てて腰を上げようとしたのだけれど、函崎が、その肩を押さえた。押さえる力はごく弱く、指先を当てただけ、といった感じだったのだけれど、滉青は、その弱い力に逆らうことができず、座り込んだ。自分の身体のそんな反応が、怖いくらいだった。

 「美雨がきみを呼んだんでしょ?」

 函崎は、そう言って滉青の右手を掴み、ベッドの上に乗せた。美雨が掴んで眠った、右手だった。

 「でも、特別なのは、函崎さんでしょう。」

 滉青が振り絞るように出した言葉は、函崎の心の表面をかすることさえなかったらしい。彼はしんと静かな表情のまま、首を横に振った。

 「俺は、なにも特別なんかじゃないよ。」

 美雨は、俺がいると、よくないことばかり思い出してしまう。

 蝋燭の火を静かに吹き消すように囁いた函崎は、今度こそ振り返りもせずに部屋を出て行った。滉青は咄嗟に彼を追いかけようとしたのだけれど、美雨に掴まれているわけでもない、ただベッドに置かれているだけの右手が、なぜだかそれを許さなかった。

 

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