一通りの行為がすむと、函崎はあっさり滉青の上から下りて、服装の乱れを整え、元のように滉青からひと一人分開けた隣に座り直した。都合、放り出された形になった滉青の心と身体は、そんなふうにすっきり収まるものではなく、縋るような目で函崎を見つめてしまう。それなのに彼は、滉青の必死な視線などどこ吹く風で、平然と指先で髪を整えている。

 函崎の身体は、明らかに男に抱かれるための準備がなされていた。この部屋にきてからその準備をする時間なんてなかったのだから、滉青の存在を知る前に、顔も知らない誰かに抱かれるための準備を、この男はどこかで済ませてきたのだろう。元妻の家に、訪ねてくる前に。

 滉青は、その事実に飲み込まれたみたいになって、すっかり混乱していた。

 つまり自分は、そのために呼ばれたのだろうか。他の誰でもよくて、たまたま美雨の目に入る場所にいた、性的なモラルの低い人間。それが、こんなことをするためだけに、この部屋に呼ばれたのだろうか。

 「……あの、」

 「なに?」

 おそるおそる、真意を確かめたい一心で声をかけると、函崎はするりと首を傾けて、滉青の顔を覗き込んだ。

 「……よくあることなんですか。」

 内心では、俺はこのために呼ばれたんですか、と訊きたかった。でも、言葉は口から出てくる寸前で色を変えていた。なんで自分が呼ばれたのかよりも、函崎がこんなことを日常的に繰り返しているのかのほうが、滉青にとって問題になっていた。

 問われた函崎は、くすりと透明な微笑を見せた。いっそ清純な、美少女めいた表情は、さっきまでの行為にまるで似つかわしくなく、滉青をさらに混乱させた。

 「美雨次第でね。」

 函崎は、視線でベッドの上の美雨を示した。その視線には、情愛と言ってもいいような色すら乗っているようで、滉青は、ひどく喉が渇くような気がした。

 「……美雨さん、次第?」 

 「うん。」

 美雨は、まだ眠っている。さっき、行為の最中、滉青は美雨が起きていると、こっちをじっと見ていると、確かに思ったのだけれど、今の美雨は、ぐっすりと眠っているようにしか見えなかった。

 「え……なんで? あの、奥さん、いるんですよね?」

 頭の中がぐるぐるの渦みたいになって、それ以上の言葉が出てこない。そんな滉青を見て、函崎は声を潜めながらもおかしそうに笑った。

 「いるけど。それと美雨と、なんの関係が?」

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