「僕が美雨と寝てるとこ、想像できないってこと?」

 函崎が、そんなことを言って軽く首を傾げた。滉青は、動揺した。函崎が平然と口にした、性的な言葉に。性を売りものにして暮らしているくせに、そんな話にも慣れているくせに、動揺したのはおそらく、函崎が相手だからだ。彼は、表情は僧侶みたいに清廉なのに、全身に纏う空気が性的すぎる。

 「……はい。」

 辛うじて、滉青は小さく頷いた。函崎が美雨と寝ているところは、全く想像できなかった。美雨の水みたいな身体のせいもあるし、函崎の圧倒的な色気と、それに反して清潔な表情のせいもあった。それに滉青には、函崎と美雨が一緒に暮らしているところを想像することもできなかった。だからそう言おうと思って口を開いたのに、なぜだか口から出てきたのは、全然違う言葉だった。

 「あなたが誰と寝てるところも、想像できないですよ。」

 滉青のその言葉を聞いて、函崎は軽くまぶたを伏せ、そう? と、囁くように言った。

 「はい。」

 その声にまとわりつく香気に圧倒されかけながらも、滉青は意地みたいにはっきりと首を縦に振った。すると、なんの前触れもなくいきなり、函崎の白く細い指が、滉青の左手に絡みついた。滉青は驚いて、身体を硬直させた。そんな滉青を見て、函崎は、芯から楽しそうに笑った。それなのに、薄い瞼を半分おろした表情に、どことなく陰りがあるのが不思議だった。

 「じゃあ、俺と寝てみる?」

 滉青は、その言葉を聞いて、反射的に身体を引いた。それは、自分の身を守るためみたいに。

 これまでずっと、性的に誘われれば拒んだことはなかった。来るもの拒まず、去るもの追わず。それがヒモとして生きる上での処世術みたいになっていたのだ。だから、いつもだったら速攻で函崎の腰に回しているはずの自分の腕が、怯えたみたいに強張っているのを、滉青は怯え交じりに不思議がった。自分らしくないその反応に、戸惑いがあったのだ。

 函崎は、笑ったままの唇で滉青のそれをふさぎ、空いている片手で器用にジャケットのボタンを外した。染みひとつないワイシャツ姿になった函崎は、全裸になったおんなよりもなまめかしかった。別に、肌を露出したわけでもないのに、スーツに閉じ込められていた彼の香りが空気中に濃く漂いだした気がした。

 滉青は、美雨に掴まれたままの右手を動かさないまま、函崎の一連の動作を、呼吸さえ忘れてじっと見つめていた。

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