第3話
――扉が鳴った。
「はい」
中から声が返り扉が開く。
そこに吟遊詩人の青年が立っていた。
「……ちょっといいかな」
エドアルトは笑って頷いた。
「どうぞ」
机の上に真紅の鎧が置かれている。
床に広げた布の上に大剣があった。どうやら剣を手入れしてたらしい。
「これ、見てもいいかな」
メリクが剣を指差すとエドアルトはもう一度頷く。
刃の部分だけでも一メートル以上ゆうにある大剣だ。
エドアルトの体格は特別小柄ではない。剣を扱うのに必要な筋肉もついている。
彼は十五歳だと聞いたし、これからまだまだ背も伸びるだろうから、それを考えれば決して分不相応の剣を使っているというわけではない。
だが現時点で少年は、背丈自体はメリクよりまだ低かった。
刃と柄を繋ぐ部分に水晶が嵌め込んである。
「
聖戦士の剣はこの世で一振りの剣だ。
一般的に剣術・槍術・杖術を極めた者のみがその称号を許される。
聖戦士の剣には必ず魔術の守りが施され、武器工が数年の時を費やして造られる特別な剣だ。
とても高価なのである。
「父の剣なんです」
なるほど、憧れなんだろうなと言うことが分かる、輝く瞳で少年は言った。
「……この剣には聖なる魔法が施されているね。多少の邪気ならこれで十分払えるものだ」
「そうなんですか」
エドアルトはそれすら、知らなかった。
メリクは振り返る。
「でも、今回はその魔除けも効かない相手だよ」
エドアルトは表情を固めた。
「メリクさんは、エルシドの古代遺跡から何かを感じますか?」
「――――……悪しきもの」
「えっ?」
「悪しき力が働いているよ。
浮遊霊はね、森に住む獣と同じだ。
火を嫌い、元気な人間を敢えて自分から襲おうとは考えない。
たまたま会ってしまって攻撃して来ることはあるけれど、
それは彼らの悪意ではないんだ」
エドアルトは驚いた。
浮遊霊を獣と同じなんて思った事はなかった。
魔術師にはそんな風に見えるものなのか。
「……ただし、遺跡にいるのはそれとは違う。
悪意を以て人に危害を加える相手だよ。
この剣がいくら聖なる力の守りを施されていても、魔除け程度では話にならない。
確かな――、強い聖なる魔法を用いらなければ不死者は退治出来ないんだ」
エドアルトはメリクを見る。
「それならメリクさんも来ていただけませんか。俺は確かに魔法は使えないけど……」
メリクは笑ったようだ。
「俺がどうしてそんな危険な所にわざわざ行かないといけないんだい?」
するとエドアルトは不思議そうな顔になる。
「え……でもメリクさんは人助けの為に旅をなさってるんですよね」
誰がそんなことを言ったの、とメリクは苦笑する。
「俺はただの吟遊詩人だよ。旅に意味なんか無い」
エドアルトは驚いたようだった。
「でも、ローディスでも人を助けたって。俺、それ聞いてすごいなって思って」
「あれはたまたま通りかかったら人が襲われてたんだ。
大したことの無い浮遊霊だったから助けただけだよ。
いくら何でもそれくらいはするよ。
善意が無くても、別に俺は人でなしなわけじゃない。
通りかかったら人が襲われていて、
自分は助けることが出来る範囲のことだったから、助ける。
それは当たり前のことで、特別な慈悲だとか人助けの精神だとか、
そんなものは必要無いことだよ」
「俺のことも助けてくれたし……」
「見捨てたら寝覚めが悪いからだよ。
何度も言うけど君が今日、相対した不死者は不死者の中では一番弱い類いのものだ。
こんなことは言いたくないけど、あんなものでさえ倒す方法を知らず、
その力も持たない君に、本格的な不死者退治なんか無理だ。
荷が重すぎる」
メリクは歩き出す。
入り口のところでエドアルトが呼び止めた。
「どうしてそれを俺に教えてくれたんですか?」
メリクは笑った。涼しい笑い方だった。
「一応顔を知った人が嬲り殺しにされるのは、さすがに夢見が悪いからね」
静かな声で彼は言うと、扉を開く。
「おやすみ。これからも良い旅を」
扉は静かに閉じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます