第2話


「おいしい!」


「はっはっは! そうだろそうだろ! 遠慮せずいっぱい食ってくれよ!」

 餌付けした犬の反応が上々だったみたいな気分になり、グレンは上機嫌だ。

「アレンダール王国って肉料理出さないから、こんな美味しい肉料理食べるの久しぶりです!」

 熱々に煮込まれた肉料理を、はふはふ言いながらエドアルトは食べている。

「ああ、そうだったね。あそこは国教が肉食を禁じてるから」


「アレンダールには、行った事あるんですか?」


 エドアルトが隣の尋ねると、吟遊詩人は頷いた。

「……うん、あるよ。アレンダールには三回くらい行ったかな……」

「そうなんですか。俺この前初めてで。綺麗な街ですね」

「そうだね」

 エドアルトは喋る時はナイフとフォークを律儀に置いて喋るのだが、

 目は肉料理にキラキラしているので吟遊詩人は声を掛けた。


「あのさ。俺に構わず食べていいよ」

「ありがとうございます! いただきます!」


「それで……君は修行の旅なんだね」

「はい。俺の国では一人前になる為に旅をする慣習があるんです」

「ふぅん。大変だね」

「いえ! でも、やっぱり色んな国に行って、色んな人に会って、貴重な経験ばかりですから。大変なことはもちろんあるけど、国にいたままなら経験出来ないことばっかりだし」

「えらいねぇ。男はそうでなきゃ! 若い時の苦労は宝になるよ」

「はい! ありがとうございます!」

 エドアルトは明るく返事をしてまた肉にかぶりついた。

「でもね、本当の危険は回避しなくちゃ命が何個あっても足りないよ。ねぇ吟遊詩人のお兄さんからも何か言ってくれないかな」

 吟遊詩人が首を傾げる。

「何のことですか?」

「こちらさんがエルシドの古代遺跡に行くって言うんだよ。アレンダールの貴族に不死者退治を頼まれたんだってさ」

「君……今日の感じだと不死者に対する手段を持ってなかったよね……」

「あっ!」

 エドアルトは気付く。

 吟遊詩人の方を見た。


「そういえばあのとき突然剣が光って……そうしたら不死者を斬れたんだ。あれってどうやったんですか? それまでは全然斬れなかったのに」

「……魔法を剣に宿したんだ。普通の剣じゃ不死者は斬れないけど、魔剣でなら斬ることは可能だからね」

「へぇ~そんなこと出来るなんてすごいなぁ……」

「すごいなぁって君……」

「どうすれば出来るんですかっ? 教えて下さい!」

「教えて下さいって……別に言った通りだよ。魔法を剣に宿すだけ。魔法を宿せる剣があれば、それに対して魔法を放てばいい」

 エドアルトはフォークを下ろした。

「俺の剣って……魔法を宿せる剣なんですか?」

「……まぁ……宿ったってことはそういう剣なんだろうね」

 そうだったのかー、と無邪気に喜ぶ少年に、吟遊詩人は主人に耳打ちした。


「……彼、やめた方がいいですよ」


「……みたいだなぁ……」

 今の会話で十分それが分かったのだろう。主人も唸りながら腕を組んでいる。

「お兄さんはアレンダール王国に行くって言ってたよな」

「はい。そのままサンアゼールの【水神祭】を見に行くつもりです」

「そうかぁ。もうそんな季節だからなぁ。エドも不死者退治なんて物騒な真似はやめて、若者らしく祭りを見に行ったらどうだい? サンアゼールの祭りはいいよォ~。賑やかで」


 それまで幼げだったエドアルトはナイフを置いて顔を上げた。


「ありがとうございます。

 でもやっぱりどうして不死者が増えたのか、

 理由を確かめなきゃならないし。

 そうしないと身の護りようもないと思うんです。

 だから、俺行ってみます。

 ――じゃあ俺、先に部屋に戻ります! 

 本当にありがとうございました! 

 あっ! あの、貴方の名前は……」


 翡翠の瞳をあげる。



「………………メリク」



「メリクさんですね! 本当にありがとうございました!」


 エドアルトがお辞儀をして去る。

 メリクはカウンターに頬杖をついた。

「心配だなぁ……」

 主人がそんな風にエドアルトの去った方を見つつ呟く。

「……?」

 何がです? というメリクの視線に、グレンは皿を拭きつつ側まで歩いて来る。

 少し声を潜めた。


「いやね、アレンダール王国のドラモント伯爵って言ったら相当な有力貴族だよ。その気になりゃ優秀な魔術師くらい、ちゃんと雇えると思うんだよ。

 何もあんな素人みたいな未熟な子に、不死者退治依頼することもないと思うんだけど」


「……。」

「貴族なんか、平民をゴミみたいに見てる奴もいるからなぁ……あんな純朴そうな子がいいように使われてなきゃいいけど……」

「でも彼もそれなりに旅を続けているなら、それなりに人も見るでしょう。騙されてここまで生き延びて来たってことはないと思いますよ」

「それはそうだが……ねぇ、お兄さんは魔術師なんだろ? 君から見てエルシドの古代遺跡ってどうなんだい? 本物かい?」

 メリクは静かに視線を落とした。

「……そうですね。ちゃんと見てみないと何とも言えないですけど……確かに少し異質な力は感じます」

「本当に? ひゃー、大変だ」


「でも、あくまで『遺跡の方は』ですよ。こっちの森は人は備えれば十分通れると思います。あまりその力がこっちに及んで来る気配は感じません。

 多分ですけど――遺跡自体に棲みついてる不死者なのではないかと。

 そういう不死者は場所を離れたりはしないんです。普通はですけど。……不浄な場所は浮遊霊を呼び寄せたりはしますから、エルシドの森にも浮遊霊が呼び寄せられてるのかもしれません」


「浮遊霊、ってのだと平気なのかい? 素人にはよく分からんが……」

 メリクは小さく返す。

「……まだマシ、という意味です」

「なるほど」


「それに浮遊霊は総じて群れる種ではないので。あまり集まりすぎると同士討ちをしたりして一定以上数を増やしりはしないんです」

「へえ!」

 主人は感心した声を出した。

「いやあなるほど。それが分かっただけでもホッとするよ。俺らには現実エルシドの森は行動範囲だからね。さすが魔術師さんは的確で、違うねぇ。一定以上治安は悪くならないんだ」

「遺跡の不死者次第ですが、恐らくは」

「いや~~街の人も安心するよ。やっぱり知識があるだけで違うモンだね。しかし……となると、いよいよあのお兄さんは遺跡に行かせない方がいいんだね?」

 メリクは頷いた。

「不死者退治は大きな規模になってしまうと神官か魔術師が小隊を組んでとか、正式な封印術を用いるしかありません。……あれは下手に手を出すと厄介なことになるものだから」



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