第15話 黒の大将軍

宮廷まわりの雑用係の小姓を卒業して14歳で従騎士となってからヴァルターは父ヴォルフラムに師事する形で父の戦場についていった経験がある。ある時は外道に走った強盗騎士の討伐を、ある時は増税に反対する農民一揆の鎮圧にヴォルフラムの率いる騎士隊に従軍していった。ヴァルターはそこで主に武具の整理と補修とエルフの師匠から魔法を学んでいた為、簡単な治癒魔法でケガをした騎士達の治療もしていた。

醜いケガを負った騎士達の面倒をみた事で騎士になる事は主君の為、神々の為に戦いに身を投じる事であり楽な道で無い事は覚悟していた。ヴァルターに足りなかったのは戦いの経験、つまり命を賭けた殺し合いの経験だった。

ヴァルターの初めての殺しは父を助ける為に動揺したゴブリンの喉に剣を突き刺した時、つまりついさっきであった。ハインリヒ、ヘルムートとディートリッヒにいたっては殺しの経験などなかった。その差が目の前にいる黒の大将軍に威圧だけで圧倒される理由となっていた。黒い兜越しに見える鋭い目に睨まれヴァルター達4人は恐怖のあまり動けなくなったのだ。


こいつは一体何人殺してきたんだ?何人殺したらこんな恐ろしい目をしているんだ?


ヴァルターはそう考えながら右手に握っていた剣を構えようとする。が、動かない。構える為に腕を上げようにも手ががくがくと震えてまともにい上げられないのだ。

場が緊張に包まれる中、大きな叫び声が響いた。


「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「父上!」


ヴォルフラムが自身をいたぶっていた魔族の落とした短剣を拾い上げ黒の大将軍を突き刺そうと戦いを挑んだのだ。しかし黒の大将軍はヴォルフラムの持っていた短剣を持っていた長い棒で受け止めた。短剣が突き刺さった棒をもったまま黒の大将軍が後ろに下がると、短剣をもったままだが体力の弱っていたヴォルフラムは黒の大将軍の力に引き連れられてしまい転びそうになる。その隙をついて黒の大将軍はヴォルフラムの腹に蹴りを入れる。鎧を纏った上での蹴りは弱ったヴォルフラムにはダメージが絶大で地面にうずくまってしまった。


父を守らなければ。


決心したヴァルターの行動は一瞬だった。震える手を必死に抑え、せめてもの雄たけびを上げてアーミングソードで黒の大将軍の脳天に向けて一撃を与えようとしていた。しかし剣はあっさり左にかわされ黒の大将軍の持っていた棒で右腕で打たれた。その痛みに耐えられずヴァルターは剣を落としてしまった。


「いてぇ・・・。くそぉ・・・」


ヴァルターが痛みに耐えようとしている間に黒の大将軍の後ろから甲冑を着た大小の魔族の戦士と思わしき者たちが8人程集積所の入口にどしどしとやって来て構えていた武器をヴァルター達に向けた。彼らの中から大きな戦士の一人が声を発した。


「武器を捨てて降伏せよ。さもなくば全員殺す。」


もはや多勢に無勢であった。ハインリヒ・ヘルムートとディートリッヒは持っていた弓や剣を捨てて降伏せざるを得なかった。ヴァルターの父ヴォルフラムを助け出す作戦は失敗に終わったのだ。

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