だって香りでバレバレじゃん!

中村朝日

白井と土屋

 知ってる。この匂い。

 だって毎日、隣の席から漂ってくるから。

 黄色いボトルの制汗剤は、お気に入りなんだろうか。去年から使っている気がする。

 どれだけ観察してんだよ、と我ながら思う。好きだって自覚したのは最近だけど、どうやら去年から目で追っていたみたいだ。

「えっと、それで?」

「それでって、酷いナァ〜。ワタシとのお付き合い、真剣に考えてくれませんか?」

 俺の目の前で、瞳をきゅるきゅると潤ませているこの女の子は、おそらく俺の隣の席の男子――土屋佑紀だった。

 肩につくくらいの長さのウィッグ。胸元にはリボン。裾にあしらわれたレースは上品な白で、脚も綺麗な白に覆われていた。ヒールのある靴を履いても、土屋の身長なら違和感がない。似合っている。総じて、とてもよく似合っている。どこからどう見ても可愛い。これが客観的な意見かどうかは知らないが、死ぬほど可愛かった。

 こんなに可愛いと思える人は、男女関係なく、土屋しかいない。おそらく、いや間違いなく、この子は土屋佑紀だ。

「えっとー……」

 どうしよう、聞くべきか。

 でもどうやって聞く? 土屋だよな? 俺、白井拓弥なんだけど、告白する先間違ってないか? いや、そんなん分かってて言ってるに決まってる。

 そうなると、俺をからかってる可能性が高い。そこに面白い反応を返したら、エスカレートするかもしれない。

 いや、違うか? この格好がもし趣味だとしたら? 何をどうして俺に告白なんかしてるのかは知らない。でも、もしこの格好を好きでしているとしたら、絶対に否定はしたくない。

 どうする。どうしよう。

 迷っているうちに、口が勝手に動き出した。

「ま、まず名前とか聞いていい?」

「ゆぅ…………りかです」

「ゆーりかちゃん?」

「ユリカです♡」

 佑紀だろ。

 いや佑紀だろ絶対土屋佑紀だろ!!!!

「そっかーユリカちゃんねー……」

 思わず叫びそうになる衝動を堪えて、出来る限りの冷静を装った。

 ユリカちゃんはこて、と首を傾げた。駄目だ。無理だ。土屋だと確信を持ってしまった今、彼、いや彼女の動作全てが凄まじい破壊力を持って俺の心に突き刺さってくる。

「可愛い……」

「え?」

「いやなんでも」

 待て! 黙れ! 動くな俺の口!!

 動揺して冷や汗をかいていると、ユリカちゃんが何事かをごにょごにょと喋った。

「やっぱこういうのが好きなんだ……」

「え?」と聞き返す。

「いやなんでも」と、下を向かれてしまった。

 ここは、ユリカちゃんで通そう。

 その可愛さに免じて、俺は土屋の意見を尊重することにした。決して、断じて、この状態の土屋をもう少し眺めていたいとか、そういうわけではない。

 その上で、俺は誠実に話すことにした。

「ごめん。俺、好きな奴いるんだよね」

「あ……そっか……」

 沈黙が降りる。ユリカちゃんはこちらをしっかりと見つめた後、口を開いた。

「どんな人か、聞いてもいい?」

「あ、うん」

 ユリカちゃんは、もうすっかり土屋の顔をしていた。真剣なまなざしは、痛いくらいだ。

 ちゃんと答えよう。からかってるとかドッキリかもとか、そういうのは今はどうでもいい。土屋の気持ちが知りたかった。そのためには、俺の気持ちを伝えるのが先だろ。

「去年から同じクラスでさ、そこそこ仲はいいんだけど」

 ゆっくり、思い出をなぞりながら言葉を重ねる。

「部活は違うんだ。俺運動出来ないからさ」

 お前はもう知ってるだろうけど。そう含みを持たせて言うけれど、土屋の瞳は動かない。じっと、真摯に俺を見つめてる。

 もう、核心をついてしまおうか。

 思った途端、覚悟を決められない心が叫ぶ。本当にいいのか。1年間隠し通したこの気持ち、ここで水の泡にしてもいいのか。

 いい。

「隣の席のやつなんだ。ずっと同じ制汗スプレー使ってるからさ、分かるよ」

「え? それって……」

「そう。お前のことが好きなんだ、土屋。前のクラスだったときから」

 やっと、彼の瞳が動く。それは揺らぐと、みるみるうちに水浸しになった。

 土屋は乱暴にウィッグを外した。

「はぁ? それ……はぁ!? 何だったんだよ、オレの努力!!」

「えっ?」

「だって、だっておまえが好きなの、こういう女子って聞いたから」

「お、落ち着けって」

 まさか、俺のタイプが可愛い女の子だって勘違いして、女装? 趣味とかじゃなく、からかったりとかドッキリとかじゃなく? そういうことか。なんだよ、そうだったのかよ。

「待って。いつ、誰から聞いた?」

「先週の放課後。澤田たちと話してたじゃん」

「うっそお前、それ聞いてたの」

「あんな大声で話してりゃ聞こえるわ、バカ」

「は? バカはないだろ」

「バカだね」

 二人で笑い合う。会話がいつものテンポに戻って、安心した。

「あのな、俺、今日まではさ、絶対バレたくなかったんだよね。墓まで持ってくって、そう思ってた。お前と折角仲良くなれたからさ。壊したくなかった」

「うん。壊れるわけないって分かった?」

「まあ、こんなことまでしてくれるって知ってたらな!」

 わしゃわしゃと頭を掻き回すと、やめろよ! と手を退けられる。その手を掴んで、ぐっと引き寄せた。そっと抱きしめる。

「まっ、ここ、外」

「誰も見てないよ。見てたって、今土屋はショートの女子だから。大丈夫」

「そ、そうかな……」

 どちらからともなく離れると、土屋はウィッグを弄りながらこちらを見つめてきた。可愛い。

「この後、どうすんの」

「どうするって?」

「オレこれ脱ぐから、家帰るんだけど。来る?」

「おー。行く」

 いつもの調子で軽く返事をしてから、俺は固まった。

 待てよ。それってこの後、もう一波乱あったりしないよな。付き合ってもない男を家に上げるのか? 親に挨拶? え? そもそもまだ付き合ってないよな、俺たち。もう土屋の中では付き合ってるに入るのか? さっき勢いで抱きしめちゃったし。

 土屋は上機嫌で、鼻歌を歌いながら先をどんどん歩いていく。いやウキウキなの可愛いけど。

「土屋……」

 教えてくれよ、土屋ぁーーーー!!

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