祈りが増えるお兄ちゃん

【事情を知る者には不安が付き纏う】

7月下旬。

ソフィアが神妙な面もちでガレージを訪れた。



「ダン、ちょっと聞きたいんだけど……」



「ちょっと待て……よし。何を聞きたいんだ?」



整備を中断し、ソフィアに向き合う。



「ママ達の事なんだけど、何か聞いてる?」



「何かって何をだ?」



下手な事を言わないよう探りを入れる。

本当の目的に気づいたんだろうか……。



「FLAGの任務じゃない何かをしているみたいなんだけど、それが何か知ってたりする?」



やっぱり気づいたのか。

だが、話す訳にはいかない。



「俺は何も知らない。知りたければ直接聞けば良いだろう?」



「聞いたら後で話すって言われたわ。でも気になるのよね……。」



「例え知ってても俺からは話さない。親から子に話すタイミングもあるだろうしな。」



「親のタイミングか……。ダン、親になろうとしているだけあるわね。」



理解したソフィアが笑って揶揄からかう。

だが、俺にその揶揄からかいは通用しない。


女は妊娠したと同時に母親の自覚を持ち、男は子供が誕生してから父親の自覚を持つと言うが、俺は既に父親の自覚を持っている。


だから、なろうとしているのではなく、なっているのだ。



「言っとくが、俺にはもう父親の自覚があるからな。そんな揶揄からかいは何とも思わない。」



「ふーん、さすが完璧主義のダンね。完璧な父親でも目指すの?」



「いや、普通の父親でいい。完璧を求めるのはトリックだけだ。」



俺らしいと笑うソフィア。



「まあ、とにかく、あいつらから話して来るのを持ってろよ。」



「ええ、そうするわ。邪魔して悪かったわね。整備続けて。」



そう言うと、手をひらひら振って出て行った。


なぜソフィアが勘づいたのか。

それは後の交信で知る事となる。



「ヴィシュヌ神の伝言をソフィアが受けたのか。ヴィシュヌ神が漏らしたのか?」



〔ううん、魔城が見つかって喜んじゃったの。はっきり言葉にはしてないけど、勘づかれちゃった。〕



「ったく、隠し事が上手いのか下手なのか……両極端だからな、お前は。」



あははと笑って頬を掻くシルビア。



「とにかくモスクワに2つめの城があるんだろ?油断せず任務を遂行しろよ。」



〔うん。2人揃って無傷でソフィアに報告するわ。ね、エリーとリリィさんは順調?安定期に入るまで油断しないでね。〕



「ああ、気をつけてる。お前らも気をつけろよ。」



分かってると答えて交信は切れた。


再び魔族との戦いが始まろうとしている。

前回のように死にかけたりしないだろうか……。


不安ばかりが押し寄せてくる。



「ダン、大丈夫よ。私も祈りを捧げるし、万が一の時にはシヴァ神様が出るかも知れないでしょう?」



破壊神本人の意思で戦えば、魔神ではない魔族達など敵ではないとリリィは言う。



「出たら出たで不安だよ俺は。シルビアにベタ惚れだからな、シヴァ神は。戦闘も忘れてイチャつくんじゃないか?」



「ふふ、そうかも。でも、イチャつく為に瞬殺しちゃうんじゃないかしら。」



「なるほどな。それならそう願う。」



シルビアとシャスタが怪我をする前に、破壊神が片付けてくれるならそれに越した事はない。


リリィと2人、そうであるようにと祈りを捧げた。



「ダン、モスクワではヴィシュヌ神様も同行するのよね?」



「そういえばそうだったな。ヴィシュヌ神がいれば危険は減るよな。」



仲間が多ければそれだけ危険も減る。

少しは安心できると笑みを浮かべたのだが……



「私も会ってみたいわ……。ソフィアさんは会話をしたのよね……。どんな声なのかしら……。」



リリィの呟きに顔が引きつった。


信心深いリリィが神を敬うのは分かる。

だが、ヴィシュヌ神は顔が良い。

もはや反則ものの顔と言っていい程の美男子だ。


そんな神を思い浮かべてうっとりしている姿を見るのは面白くない。



「そんなにヴィシュヌ神に会いたいのか?」



ビクッとするリリィ。

振り向いた彼女は驚いた顔をしていた。


その反応に俺も驚いた。



「ごめんなさい……。」



そしてなぜか謝罪された。

なぜ謝るのかと問うと、また驚いた顔をした。



「怒ってたんじゃないの……?」



窺うように俺を見上げている。

確かに嫉妬はしたが、怒る程では……



「もしかして怒ってるように見えたのか?」



「ええ。凄く低い声で……怖かったわ。」



普通に言ったつもりだったのだが、無意識に怒りに変わったのだろうか。


ああ、もしかしたら原因は──自己分析して頬を掻いた。



「悪かった。そんなつもりはなかったんだが……はは、リリィ不足が原因かも知れないな。」



そう言うと、理解したリリィが苦笑していた。



「もう少し待ってね。来月の中頃になれば大丈夫だから。」



「はは、」



禁欲生活の影響がこんな風に出るとは思いもせず、笑うしかなかった。


リリィ不足をスキンシップで補い、潜入捜査をこなして行く日々。

そうやって毎日を過ごしていた。



「いよいよ明日ね。ダン、祈りを捧げましょう。」



「ああ。ヴィシュヌ神とシヴァ神が簡単に片付けてくれると良いが……。」



天に向かい、シルビア達の無事と任務の成功を祈った。

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