【旅へと出発する妹】
「完成したわね。」
「ええ。リリィさん、嬉しそうですね。」
「理想的な温室になると楽しみにしてたからな。」
隣のハウスより数日遅れて完成した温室。
その中を嬉しそうに見て歩くリリィの姿。
喜んでいるリリィを見ていると、俺も嬉しくなってくる。
だが、喜んでばかりはいられない。
「もうすぐか……?」
「うん……。」
トレーラーの改造も完成に近い。
準備が整い次第、2人は魔族退治の旅に出てしまう。
「辛くてもやらなければなりませんからね……。」
「うん……。それが私達の使命だものね……。」
悲しそうに笑うシルビア。
下手をすれば今生の別れになるかも知れない危険な旅だ。
悲しむのは当然だが、出発する前からこんな調子じゃ……成功するものも失敗してしまうんじゃないか?
「お前達ならやり遂げられるさ。最強の女神と破壊神なんだろ?無事に帰って来られるんだから、そう悲しむなよ。」
「え?あ、うん、」
発破をかけた俺の言葉に苦笑している。
何か間違った事でも言ったのかと、眉間にシワを寄せているとシルビアが理由を話し出した。
「任務の心配はしてないのよ。魔族に勝つ自信も、魔城を破壊できる自信もあるから。」
「自信たっぷりだな。じゃあ、何を悲しんでるんだ?」
再会できると信じているのなら、別れに対する悲しみはそれ程強くはないはず。
そう思っていたのだが……
「家族と離れるのが寂しいの。何年かかるか分からないし、お兄ちゃん達と離れて暮らした事ってないでしょ?」
「確かにそうだな。」
20歳の別れはほんの数日だけだったし、格闘技大会には両親が同行していた。
「それに……20年振りに再会したソフィア達と離れるのも辛いのよ。」
「そうか……。」
天涯孤独だった最初の人生が影響しているのだろう。
記憶が戻る前のシルビアも、家族を失う事を恐れていた。
という事は、一番の問題はそこだな。
「シャスタ、シルビアのケアを頼む。ちゃんと食事と睡眠をとらせるんだぞ。」
「え、食事と睡眠……ですか?」
説明すると驚いていた。
そんな一面がある事を知らなかったらしい。
「ソフィアの死が影響しているようですね……。」
ああ、そうか。
あまり話そうとしなかったそっちが原因だったのか……。
「トラウマは簡単に消せないからな……。シャスタ、なるべく紛らわせてやってくれ。」
「そうですね……。はは、一応新婚旅行ですし、イチャイチャしてたら大丈夫かも。」
笑うシャスタを見て眉間にシワが寄る。
ここはしっかり言い聞かせておかなければ……。
「……人前でのイチャつきは抑えろよ。仮にもFLAGの顔なんだからな、お前らは。」
「え……?」
「きょとんとするな。恥を曝すなと言ってるんだ。破廉恥娘には何を言っても無駄だが、お前なら常識を守れるだろ?」
真剣な話だと分かったシャスタが真顔になる。
「私だって守れるわよ。常識ぐらい」
「リリィの前でやろうとしたのはどこのどいつだ?どうせお前から誘ったんだろ?」
「う……。だって……シャスタしか見えなかったんだもん……。」
かぶりを振り、改めて2人に向き合った。
「いいか、我慢しろとは言わない。だが、人前ではハグとキスだけにしろ。それ以上の事をしたら──」
「したら……?」
「どん底に突き落としてやる。俺のトリックを甘く見るなよ?」
ニヤリと笑い、脅しをかける。
俺のトリックを知るシルビアは顔を青くしていた。
「が、頑張りますよ。ね、シルビア。」
「う、うん、頑張る……。」
シルビアの顔を見たシャスタも察して怯えていた。
呉々も気をつけろと言い聞かせ、リリィに呼ばれた俺は温室に向かった。
振り向いて様子を見てみれば、シャスタが怯えるシルビアを慰めていた。
フッと笑い、リリィのもとへ……。
「ダン?シルビアちゃんに何を言ったの?すごく怯えてるみたいだけど……。」
「人前でイチャつかないよう言い聞かせただけだ。あの様子だと守れそうだな。」
「……脅しも程々にね。」
はは、リリィにはお見通しか。
あのくらいがちょうど良いんだと笑って話し、リリィ自慢の温室を見て歩く。
まだ何も植えられていないが、いずれリリィの育てたハーブが料理に使われる日が来るだろう。
「ゴツコーラもちゃんと植えるわね。後、リフレッシュできるハーブも。」
「ゴツコーラ?」
「ダンがいつも飲んでるハーブティーよ。」
「そうか。はは、初めて知った。」
一括りにハーブと言ってもその種類は豊富だ。
俺もリリィと一緒にハーブを育てながら、その知識を高めて行こうと思う。
何がトリックの役に立つか分からないからな。
そして出発の時が来た。
別れを惜しみながらも、ふざけ合って笑顔を作る家族達。
「それじゃそろそろ出発しましょうか。」
「ええ。みんな、元気でね。」
2人に出発を切り出され、悲しみを堪えて笑顔を見せる両親やソフィア達。
旅の真の目的を知る俺とリリィは険しい顔をしたままだった。
「連絡忘れるなよ!しっかり頑張れ!」
運転席から笑顔で三本指の敬礼を返すシャスタ。
助手席の窓から身を乗り出し、行って来ますと手を振るシルビア。
「シルビアちゃん!シャスタちゃんと一緒に頑張るのよ!」
動き出したトレーラーに向かって、みんなが思い思いに叫んでいる。
「ダン……」
リリィが不安げに手を握って来た。
「心配ない。あいつらならやり遂げられるさ……。」
そう信じ、グッとリリィの手を握り返す。
そのうちトレーラーの姿は見えなくなり──だが、誰もその場を動こうとはしなかった。
いや、喪失感によって動けないのだろう。
「みんな、家の中に入らないか?」
俺が動き出すキッカケを与えてやる。
2人の居ない生活を始めるキッカケを……。
「そうね……。入りましょう……。」
のろのろと動き出した家族に続き、俺達も家に入る。
みんなの足は自然とリビングに向かい、一部屋に集まった家族達はそこで寂しさを紛らわせていた。
というか、辛気くさい。
「しっかりしろよ。これからあいつらの居ない生活が始まるんだぞ。」
「そう言われてもねぇ……。シルビアちゃん達が居ないと思うと寂しくて……。」
母親に同意して頷くたくさんの顔。
寂しいのは分かるが……
「あいつらは2人きりになったんだぞ?それに比べて俺達は大家族のままじゃないか。」
大家族と聞き、みんなが顔を見合わせる。
「そっか……。ママ達の方が寂しいんだよね……。」
「そうだな……。俺達以上に寂しい思いをしてるよな……。」
ソフィアとマイケルさんの言葉を聞き、家族の表情が変わった。
「それに、俺達には俺達の仕事がある。FLAG本家が移動FLAGに負けたら示しがつかないだろ?」
頷いたソフィアがマルクの顔を見る。
「ダンの方が家長みたい。しっかりしてよね、マルク。」
苦笑するマルクと笑うナイト・ファミリー。
笑顔はハウエル家にも伝染し、辛気くささは吹き飛んだ。
こうして2人の居ない生活は始まった。
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