【効果を初体験したお兄ちゃん】

「えっ、無期限の旅!?ママ!どういう事!?新婚旅行じゃないの!?」



夕食の席での説明に、ソフィアが声を上げていた。



「新婚旅行よ?ついでにFLAGの仕事をするの。」



「それって……新婚旅行の方がついでなんじゃない?」



さすが2人の娘だけあり、言わんとする事を理解したらしい。



「うん、そっちの方が正解かも。とにかくそういう事だけど……行っても良い?」



そう言って俺達を見るシルビア。

というか、両親を見ている。


15日間の格闘技大会にも同行したくらいだから、無期限の旅を許可するとは思えなかったんだろう。


だが、俺達はあの頃とは変わったんだ。

今朝、シルビア離れを宣言したばかりだしな。



「無期限って……いつ帰って来るか分からないのよね……?そんなの……」



渋る母親に、いつでも交信できるからと諭すシルビア。

それならばと、両親も渋々受け入れた。



「先に結婚式を挙げるわ。それから皆の望み通りリフォームして出発する。良いわよね?」



一番の難関を突破したシルビアが、今後のスケジュールを話している。


それで良いと答えるナイト一家。

長年FLAGを運営している彼らに反対する理由はないのだろう。


俺もFLAGの一員だし、この組織の必要性も良く理解している。

寂しくないと言えば嘘になるが、FLAGのトップ2人が決めた事に反対はしない。



「お兄ちゃん達も良いよね?」



「どうせ止めても行くんだろ?」



レイフの言葉に頷くシルビア。

それを見て、俺とレイフも顔を見合わせ頷いた。



「「だったら行って来い。」」



俺達の返事にシルビアは嬉しそうに笑っていた。

誰一人として反対する者がいなかったからだろう。


困っている人々を救う為、世界へ飛び出して行くシルビアとシャスタ。

FLAGの一員として、兄として、そんな2人を誇りに思う。



「凄い決断だったわね。世界中を旅して人助けするなんて……。」



部屋に戻った後、リリィがぽそりと言った。



「デカいよな、あいつらの志し。俺なんか身近な人を助けるだけで精一杯だというのに、あいつらは世界中の人を救うつもりでいるんだからな。」



「それだわ!」



突然、何かに納得したリリィ。

何がと問えば、シルビア達の使命の事だと言う。


人々を救済する為に、神々の化身が人間界に現れたのだと、興奮気味に話していた。



「いつか神話になるかも知れないわね。間近で神々の所行を見られるなんて幸せだわ……」



十字を切り、天を仰ぐリリィ。

何やら祈りを捧げている。



「神々の所行か……。一体どんな旅になるんだろうな。」



「そうね……皆が救われて幸せになる旅かしら。」



「そうだな……」



2人の強さなら心配は要らない。

それなりに危険はあるだろうが、あの2人なら乗り越えられる。


絵空事ではない救済の旅。


俺もリリィと一緒に神に祈ろう。

たくさんの人々が救われる事を──。



それからナイト家は騒がしくなった。

屋内のリフォームや屋外の増築に出入りする職人達。



「あの、ここはこんな感じでお願いします。」



自分の為に造られる温室にリリィは大喜びだった。


使い勝手を考えたレイアウトを伝え、理想の温室を建てようと奮闘している。


それ以外は特に変わる事はなく、FLAGメンバーはそれぞれ任務に就いていた。


俺も潜入捜査に就き、数件の依頼を解決した。



「ああ、ここがイカれたのか……。」



調子の悪かった愛車を点検し、原因が分かった。

これは部品を交換した方が良いだろう。



「っ!」



ヤバい。

やってしまった。



「レイフ、タオルを──」



顔を上げるがレイフは居なかった。

いつの間に出て行ったんだ?



「っと、タオルタオル、」



居ないレイフを当てにしても仕方ない。

指をきつく押さえ、タオルを取りに向かう。



「ヤバいな……」



タオルで押さえても止まらない。

真っ赤に染まっていくだけだった。



「応急処置しとくか。」



救急箱を求め、リビングへと向かう。


というか、ガレージにもあった方が良いだろう。

後で一つ用意しよう。

そう考えながらリビングのドアを開けた。



「何だ、お前らもいたのか。」



リリィしか居ないと思っていたリビングに、出掛けていたはずのシルビアとシャスタがいた。

が、今はそれどころではない。



「リリィ、救急箱取ってくれないか?」



「え、救急箱?きゃっ、大変!」



俺の手を見て慌てて駆け寄るリリィ。

シルビアが救急箱を取りに走り、すぐに持って来た。


何をしたかと問われ切ったと答えると、傷を診たシャスタが縫う必要があると言う。

リリィが縫うと言い、準備をしていたのだが……


なぜか痛みが消えて無くなった。


不可解な出来事だった。

確認すれば痛みどころか傷も消えている。


思わず現実逃避したシャスタだが、とにかく謎だと首を傾げた。



「か、神様のハンカチ。神の奇跡よ……。ああ、どうしよう……。こ、こんな凄いもの頂いて……。」



リリィがハンカチを抱き締め震えていた。

何の話か分からないが、神様のハンカチがどうのと騒いでいる。


詳細を求めたが、余計分からなくなった。


神様が来たとはどういう事だ?

神様ってこいつらみたいな化身の事か?


疑問で頭がいっぱいになる。



「神様が来たんです。その……私を機械として誕生させ、シルビアを転生させてくれた神様なんですが……。」



「か、神ってお前……」



本物の神が来たというのか?

神ってアレだよな、全知全能の……



「それでその……魔族退治をお願いされまして……。」



魔族退治……?

シルビアとシャスタが……?


というか、魔族って魔物だろ?

そいつらを退治するだと?



「大丈夫なのか?魔族に殺られたりしないか?」



「心配要りませんよ。ドゥルガーは最強の女神です。」



どれだけ最強なのかと話して聞かせるシャスタ。

旅の目的が魔族退治に変わったと話している。


危険の少ない旅だと思っていたが、魔族が相手ならそうもいかない。


だが、2人は予定通り旅をするつもりでいる。

俺にはそんな2人を止める事は出来ない……。


ならば安否確認を取れば良い。

2人が無事でいる事を知れば安心できる。



「まめに連絡入れろよ?みんな心配するからな。」



「シルビアが忘れても私が連絡しますよ。」



初めてシャスタに会った日の事を思い出し、フッと笑う。

それでこそトリックを仕掛けた甲斐があるというものだ。


あの経験が戒めになっていると知り、結果を残せたと内心喜んでいた。


ところがだ。

シリアスな話が一変し、2人が謎の言葉を残してリビングを出て行った。



「続きって?」



リリィに問い掛けると真っ赤になった。

会話の流れから理由を察したが……



「あの破廉恥娘め……。ついに人前でまで……。情けない……。」



かぶりを振りため息をつく。

未遂に終わったようだが、いつかやり兼ねないという不安が現実に近づいてしまった。



「慰めにならないかも知れないけど……2人はシヴァ神様とその神妃だから……。」



リリィの慰めにならない慰めに、俺の口からはため息しか出て来なかった……。

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