【お兄ちゃんはロキ?】

「シャスタ……。お前は甘やかすなと言っただろ。降りろ破廉恥娘。」



呆れてそう言うと、動けないから嫌だと言う。

まったく、こいつは……



「そんな訳あるか!降りろ!いい加減大人になれ!」



怒鳴ると目を丸くし、茫然としていた。

ちょっと厳しく言い過ぎたか……?



「あのな、俺達シルビア離れを宣言したんだよ。父さん達もな。だからこれからは厳しく行くぜ~?」



レイフに説明され、なぜか笑みを浮かべるシルビア。

笑っているなら大丈夫だな。


再び降りろと促すが、無理だと言い張っている。

ため息をつき、シャスタに降ろせと言うが、本当に動けないと言う。



「お前……何時だと思ってるんだ?小悪魔に騙されるなよ。」



こいつにも騙しのスキルは備わっているからな。

騙されるなとシャスタに忠告した。


だが、膨れたシルビアを見てシャスタが弁解を──



は……?追い打ち……?



思わず工具を落としてしまった。


あり得ないだろ?

普通、足腰立たない相手を更に攻めるか?



「シ、シヴァ神……恐るべし……」



ああ……こいつ、シヴァの化身だった……。

だとしても、動けないシルビアを攻めるとは呆れた奴だ。



「お前……本当に破壊する気か……?」



たしなめようとしたのだが、シルビアが言い訳を始めた。

その内容はまたもやシャスタを辱めるもので、慌てたシャスタに遮られていた。



「お前……本当に破廉恥だな。少しはリリィを見習え。」



信心深さはともかく、女性としての慎ましさは見習って欲しいものだ。



「何よ、リリィさんだって結構言うわよ。ダン兄ちゃんが情熱的だって言ってたもん。」



「なっ、何っ!?リリィが何をっ!?」



情熱的って、何を話したんだ!?

まさかの返答に、一気に熱が上昇した。



「あははははっ、ダン兄ちゃんが慌ててる!」



クソッ、シルビアめ……。

俺を揶揄からかうとは良い度胸だな……。



「駄目ですよ、揶揄からかっちゃ。」



シャスタが取り繕っている。

まあ、このくらいなら許してやっても──



「兄貴が情熱的!?うわ、信じらんね~。」



「でしょ!?私も聞いてびっくりよ。」



チッ、好奇心の塊が興味を持ちやがった。

シルビアはともかく、レイフが揶揄からかうようなら仕返しを……



「なあなあ兄貴、情熱的ってどんな事すんだ?」



「私も知りた~い。シャスタとどっちが情熱的かな?」



決まりだな。

まあ、脅かす程度でやってやろう。


そう決めると焦りや恥ずかしさは消え、頭が冷える。

俺はトリックスターとなり、無表情で2人に宣告した。



「お前ら……どうなるか分かってるんだろうな……。」



一瞬で顔が変わるレイフとシルビア。



「やべっ!逃げろシルビア!」



「うん!シャスタ逃げて!」



「え!?あ、はい!」



ガレージを飛び出して行く3人を見送り、小さなトリックの成功に一人笑う。


これで少しは戒めになっただろう。

強すぎる好奇心は危険を伴うからな。



「あの、失礼します、」



少しするとシャスタが戻って来た。

レイフとシルビアの姿はない。



「えーと、あ、あった。」



工具箱をあさり、目的の物を見つけた事をアピールしている。


様子見だな。

2人に言われて俺の様子を見に来たんだろう。



「あの、えーと……はは、何でもありません……。」



まったく、シャスタに押し付けるなよ。



揶揄からかっただけだ。」



「え?」



察して答えてやると拍子抜けしていた。



「好奇心の強いあいつらを戒める為にな。」



フッと笑って話すと妙に納得していたが、あまり効果がなかったと呟いていた。

恐らく、逃げた後で違う何かに好奇心を抱いたのだろう。



「戒めが足りなかったようだな。一度本格的に仕掛けてやるか。」



「え、いや、それはご勘弁を。シルビアに被害が及ぶのはちょっと……」



咄嗟にシルビアを庇うシャスタに苦笑する。

だが、戒めは必要だ。



「俺はあいつらの為を思ってやってるんだ。強すぎる好奇心は身を滅ぼすと言うだろう?」



「確かにそうですが──」



そう言ったシャスタがハッとして、一人頷いていた。

どうしたのかと視線をやれば……



「ダンお兄さんはトリックスターですね。」



「は?何を今更……」



「ダンお兄さんの騙しは賢いようで愚かだったり、悪意があるのに善行になったり、結果的には良い行いになっている事が多いのでは?」



賢いようで愚か……?

悪意が善行に……?

確かに思い当たる事は多い。



「まあ、俺はトリックスターだと自負している。勿論本物ではないが、善行になるよう意識はしてるよ。」



トリックスターとは神話に出て来る悪戯者──ロキなんかの事を言う。



「ダンお兄さんも私達のようにロキの化身なのかも知れませんね。」



笑うシャスタにかぶりを振る。



「勘弁してくれ。俺は普通の人間でいい。」



悪戯者でもロキは神の一人だ。

俺がそのロキだとしたら、リリィの俺を見る目が変わってしまう。


リリィに敬われるとか、マジで勘弁して欲しい。



「それより急がなくて良いのか?何か作業をするんだろ?」



「あ、はい。これから研究室で旅の準備を。」



研究室で旅の準備?

どうやら単なる新婚旅行ではなさそうだ。



「旅……か。後でちゃんと説明しろよ。」



「っ、さすがダンお兄さん、鋭いですね。」



「これでも観察眼は養われているからな。」



フッと笑う俺に笑い返すシャスタ。

夕食の席で全てを話すと言い、それではと頭を下げて出て行った。


こうして見れば礼儀正しく温厚なんだがな……。

変なところで破壊的になるとは困ったものだ。



「んんっ、あー、兄貴……?」



戻って来たレイフをちらりと見て作業を続ける。



「な、なあ、仕返しは……」



『安心しろ。揶揄からかっただけだってよ。』



無視していると、全てを聞いていたゼットがそう教えた。


戒めにならないじゃないか。

やはり愛車は喋らない方が良い。

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