【認識されていなかった恋人】

「はあ?リリィだぞ?付き合って6年経つじゃないか。」



話の流れでリリィの名が出た途端、誰なんだと好奇心全開で尋ねるシルビアとレイフ。


何を今更と呆れ気味に答えれば……



「嘘っ!そんな素振り全然なかったじゃない!」



「信じらんねー!6年も!?何で隠してたんだよ~。」



まさかの事実だった。

2人とも、俺のフィアンセの存在に気づいてもいなかったらしい。


説明しながら納得した事がある。


母親がレイフだけでなく俺の事も心配していたのは、家族全員がリリィの存在を知らなかったからなのだと……。



これはアレだな。

ちゃんと両親に報告しないとマズいだろ。


そんな訳で、時間を見つけて両親に会いに行った。



「2人に話があるんだが……。」



「なぁに?ダンちゃんが改まってるなんて珍しいわね。」



「まあ……今更になるから言いにくいんだが……。」



首を傾げ、話してごらんと促す母親。

とりあえず聞いてみよう。



「2人とも、俺に恋人がいるのは知ってたか?」



「えっ、ダンちゃんに恋人!?きゃーっ、いつ出来たの!?どんな子!?」



好奇心全開の母親を父親がなだめている。



「付き合い始めたのは6年前なんだ。みんな知ってると思ってたんだが、レイフもシルビアも知らなかったと言うから……父さん達にも確認しようと思って来たんだよ。」



顔を見合わせた両親が、互いに首を振っている。



「6年もお付き合いしている人がいたの……?」



「ああ。というか、4年前に婚約した。」



目を見開く両親。

報告ぐらいしろと言われたが……



「いや、するつもりだったんだよ。確かあの日は──ああ、シルビアが前世の記憶を取り戻した日だったからそのままになってたのか……。」



「だからって6年も言わずにいるか?相手のお嬢さんにも悪いだろう?」



「納得済みだよ。それで、近々式を挙げるつもりでこっちに呼び寄せた。」



再び顔を見合わせる2人。



「ダンちゃん、相手の人は?私達の知ってる人?」



「どうかな……。リリィ・ベネットと言うんだが」



「あらやだ!ベネットさんがそうなの!?」



教会つながりで知っていたらしい。

リリィが恋人だと知った母親は大喜びだった。



「それにしても変よね、全く気づかなかったなんて。2人ともこっそりお付き合いしてたの?」



「いや、普通に付き合ってたよ。」



逆にこっちが聞きたい。

なぜ気づかなかったのかと。



「とにかく、2人に恋人ができてホッとしたわ。」



「そうだな。これでハウエルの子孫も残せるだろう。」



子孫って……。

やっぱり血の繋がった孫が欲しいんだな。


シルビアには作らないと宣言されているから、俺とレイフが望みを叶えるしかない。


まあ、いずれは作るつもりだし、その願いは自然と叶うだろう。



「とにかくそういう事だから。もう少し落ち着いたら改めてリリィを紹介するよ。」



「そうね。シルビアちゃん達もまだバタバタしているし、それが良いわね。」



2人とも、リリィに会える日を楽しみにしていると笑っていた。


そんなに心配だったのかと、要らぬ心配をかけた事を悔やんだが──仕方ないよな、知っていると思っていたんだから。


リリィにこの事を報告すると、驚きながらも納得していた。


『ベネットさんがダンちゃんのお嫁さんに来てくれたら良いのに』と、良く言われていたのだという。



「ダンに認識される前からだったし、私の気持ちを知っていて揶揄からかってるんだと思ってたわ。」



リリィ曰く、付き合ってからは早く一番になれるよう応援しているんだと思っていたそうだ。



「婚約してからはあまり言わなくなったから、私も知っていると思い込んでたわ。」



「婚約してから……?ああ、そうか。シルビアとの別れが決まっていたから、それどころではなくなったんだろう。」



2人でタイミングの悪さに苦笑した。



「でも、これで認識されたのよね。私がダンの婚約者だって事。」



嬉しそうに、そして恥ずかしそうに笑うリリィ。

……その顔は反則だ。



「そうだな。早く孫が見たいらしいから、俺達も頑張らないとな。」



言いながらリリィの唇を奪い、そのまま押し倒した。



「影響されてるわね……。」



幾度と聞いたその台詞に笑みを返す。


だがちょっと待て。

今、呆れていなかったか?

もしかして……



「嫌……だったか?あいつらに影響されている俺は……」



リリィの表情を読む。

嫌そうなら衝動を抑え込むつもりでいたのだが──



「愛されて文句を言うはずがないでしょう?私はずっとダンが欲しかったんだから……。」



その微笑みにドキッとした。



「ようやく手に入れたダンを拒むはずがないでしょう?」



頭を引き寄せられ口づけを交わす。


淑女なリリィが時折見せる積極さは、俺を逃すまいとする必死さなのだと初めて気づいた瞬間だった。



「俺はもうリリィの物だから不安にならなくて良い……」



一瞬驚いたリリィがふふっと笑う。



「それでも不安なのよ。釣られた魚は努力しなくちゃ餌を貰えないでしょう?」



「俺は与えてるだろ?愛という名の餌をたっぷりと……。」



「ええ、お腹いっぱいにね……。」



リリィをついばみながら、ふと思う。



「釣られたのは俺の方じゃないか?病室という生け簀に釣り針を落としたのは君だよな?」



「あら。ふふ、言われてみれば……」



でも。と、リリィが笑う。



「私はずっと釣り針にかかってたわ。ダンがリールを巻いてくれるまで……。」



「そうだったな……。はは、俺達の間には両端に釣り針の付いた糸があったのかも知れないな。」



糸と聞いたリリィが幸せそうに微笑む。



「きっと、それが運命の赤い糸なのね。お互いにリールを巻きながら恋に落ちて行くんだわ……。」



運命の赤い糸を釣りに例えるとは面白い。


釣りとは本命の魚が釣れるとは限らないものだ。

釣れない時もあれば外道が釣れる時もある。


釣れずに独身を貫く人や、外道と付き合い別れる人。


幸いにも、俺達は本命を釣り上げ揺るぎない愛を手に入れた。


お互いに愛という名の餌を与えながら、生涯を共に生きて行く──。

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