【指導も兼ねるお兄ちゃん】

「な、何者ですか!?」



ガレージを訪れたシャスタが俺を見て慌てていた。



「フッ、完璧だろ?」



「えっ、ダンお兄さん……?」



頷くと、俺の顔を食い入るように見ていた。



「これが噂に聞く特殊メイクですか……。眼鏡や髭でごまかすのとは全く違いますね……。」



感心しながらも少し悔しそうだ。



「別人に成りすまして敵地に潜り込むのが潜入捜査だろ?」



「そうですが、ここまで完璧な変装とは……。私が判別できないなんてショックです……。」



なるほど。

シルビアが言うように、シャスタにはコンピュータ時代の名残があるようだ。

顔を認識できなかった事がショックだったらしい。



「絶妙ですね……。モンスターやゾンビとは違う一般人のメイク……。元の面影を残さず、それでいて違和感のない別人の顔。スキャンしなければ正体は分かりませんね。はは、カメレオンマンを思い出しました。」



「カメレオンマン?」



「ええ。彼は変装のプロで犯罪者でした。今の技術に比べればお粗末な変装でしたが、当時としては最先端の変装で──」



ほう、変装のプロだと?

カメレオンの通り名を持つとはやるじゃないか。



「シャスタ。俺はそいつを超えてやる。俺こそが変装のプロだと世間に知らしめてやるよ。」



完璧を目指す俺には良い目標だ。



「いえ、既にカメレオンマンを超えていますよ。それにその……FLAGですから、世間に知らしめるのはちょっと……。」



「……チッ。」



「す、すみません……。」



ああ、変な勘違いをさせたようだ。



「いや、悪い。お前にイラついたんじゃなくて、目標が無くなった事にイラついたんだ。」



「目標……ですか?」



頷いた俺にシャスタは言った。

公にできない潜入捜査だから、成功数を競ってはどうかと。


ならばそうしよう。


最高記録保持者であろうシルビアを超え、FLAGのトップを目指してやる。



「シャスタ。シルビアの潜入捜査成功数は?」



「え、シルビアのですか?そうですね……失敗は数える程しかありませんから、ほとんど成功しているとしか……」



だろうな。

受けた依頼も膨大だろうし、今から追い抜く事は不可能に近い。


ああ、そうだ。

これなら目指せる。



「決めたぞ。俺はノーミスを目指す。受けた依頼は必ず成功させると約束しよう。」



「良い目標ですね。ですが、無理はしないで下さい。ダンお兄さんに何かあればシルビアが悲しみますから……。」



そう言われて昔の事故を思い出した。

あんな思いをさせるのは二度と御免だ。



「気をつけるよ。じゃあ、そろそろ行くか。」



「はい。初任務、頑張って下さいね。」



シャスタに見送られ、車に乗り込──



「ダン兄ちゃん待って!」



乗り込もうとしたところにシルビアがやって来た。



「うーわ、相変わらずね。知らずに外で会ったら絶対騙されるわ。」



そんな感想を述べながら、腕時計を渡して来た。



「時計ならあるぞ?」



「コムリンクよ。私と同じ通信機。」



ああ、これが独自の通信機ってやつか。

だが、それを着ける訳にはいかない。



「せっかくだが、この腕時計は外せないんだ。だからそいつは必要ない。」



「えー、せっかく造ったのにー。」



膨れるシルビアに苦笑する。

だがこれだけは譲れない。


この腕時計はリリィからのプレゼントで……俺の御守りだからな。



「ごめんな。腕時計以外の物で造り直してくれないか?」



「ん、分かった……。その腕時計、大切な物なのね。外せない気持ち、私にも分かるわ。」



クレルモンの時に初めて貰った腕時計型のコムリンク。

あれも、余程の事がなければ外す事はなかった。



「あ、でも、何で造れば良い?」



「そうだな……。ああ、この時計にマッチするブレスレットが良いかもな。それなら腕に着けられるだろ?」



「んー、了解。時計を引き立てるデザインで考えてみるわ。」



「悪いな、手間かけさせて。じゃあ、行って来る。」



シルビアとシャスタに見送られ、今度こそ任務先へと出発した。


ターゲットはイベント企画会社。

裏で行われている美術品の密輸を暴く事が俺の任務だ。



初任務で危険すぎないかと議論はあったが、俺なら自分の身は守れるだろうと許可が下りた。


指導者シルビアは、俺とレイフの力量をちゃんと見抜いていたらしい。



結果は大成功で幕を閉じた。



変装の必要は無かったんじゃないかとレイフに言われたが、そんな事はなく変装していて正解だった。


ダラスにいた頃の知人に会ったが、俺に気づく事なく通り過ぎて行った。


素顔で潜入していたら、正体がバレて任務は失敗していただろう。



この成功を機に、俺もFLAGの人間を指導する事になった。

普段は簡単な特殊メイクや演技を教えている。



「ダンさん、今日は勝負の日なのでお願いして良いですか?」



「ああ。衣装に合わせるから、終わったら着替えて来てくれ。」



「はい!ありがとうございます!」



キャッキャと駆けて行く女性隊員。


勇ましく戦う彼女達も、任務を離れれば普通の女性と変わらない。

彼氏の心を掴もうと、メイクやお洒落に奮闘している。



「こんな感じでどうだ?」



「凄く素敵です。自分じゃないみたい……。」



「やり方は覚えたか?」



「はい。ありがとうございました。」



「ああ。頑張って来いよ。」



こうして時にはビューティーメイクの指導も行っている。


無意味に思える指導でも、プライベートだけでなく仕事にも使える為、無駄にはならないだろう。

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