トリックの為に身につけていたお兄ちゃん
【戦えるお兄ちゃん】
そんな話がまとまった翌日。
ホテルを引き払い、ナイト家に越して来た俺は更なるショックを受ける。
純愛・溺愛だと思っていた2人の何と破廉恥な事か。
まさか準備室であんな事をするとはな……。
シャスタと一緒にいるシルビアはもはや別人に近かった。
20年という離れ離れだった時間がそうさせているのかも知れないが、それだけじゃない気がするのは俺だけだろうか。
「ハウエル兄弟、一緒にやるか?」
隊員の指導をしていたマルクが、見学していた俺達にそう言った。
「ふむ。やってみるか。」
「マジかよ兄貴。俺らに格闘なんて無理だろ~?」
「お前と一緒にするな。一応、型は覚えてる。」
トリックに役立つかもと、資料を元に格闘技を身につけた。
その資料の山でシルビアのプラモデルを壊した事は苦い思い出だ……。
「それもトリックの為かよ。ったく、そこまでやるか~?」
「何とでも言え。トリックは俺の生き甲斐なんだよ。」
身体をほぐしながら、ふと思う。
まさかレイフの奴、知らなかったのか?
俺が格闘技を身につけてる事……。
反応から見てその可能性は高い。
まあ、シルビア中心の一家だから、俺への関心が低くても当然か。
「対戦は初めてだからお手柔らかに頼む。」
「はい!宜しくお願いします!」
ちょっと待て。
なぜ尊敬の眼差しなんだ?
素人に対しておかしいだろう。
「安心して良いぞ。ハリーはAランクに上がったばかりだが、相手に合わせる事ができるんだ。」
「いや、不安はない。ただ、俺に向ける眼差しが気になっただけだ。」
そう言うと、納得したのかマルクが笑っていた。
「はは、ダンは師範の兄だし、尊敬して当然だろう?」
「尊敬される覚えはないぞ。格闘は素人同然だからな。」
「まあ、やってみれば分かるだろう。ハリー、様子見程度に軽めにな。」
「はい!」
ハリーと対峙し、とりあえず
「行きます!」
ハリーの突き──。
なるほど、対戦とはこんな感じなのか。
意外と見えるもんだな。
「さすが師範のお兄さん!軽く躱しますね!」
「ダン!躱してばかりいないで打ち込んでみろよ!」
ああ、そうか。
対戦だもんな。
じゃあ、打ってみるか。
「!」
ん?ハリーの顔つきが変わったぞ?
俺の攻撃を数手受け、なぜか彼は降参してしまった。
「……ダンは素人なんだよな?」
「ああ、資料を見て型を覚えただけだ。」
マルクが何やら考えている。
対戦が終わったらしいので、とりあえずレイフの隣に座った。
「兄貴のトリックへの情熱はハンパねぇな。シルビアのトレーニングを見て完璧モノにしたんだろ?」
「まあな。あいつは動く資料だったからな。」
俺達はシルビアのトレーニングをよく見ていた。
俺はトリックの為で、レイフは写真を撮る為だった。
「そういう事か……。2人とも、ハリーの攻撃をどう思った?」
何やら納得したマルクが俺達にそう問いかけた。
「どうって……全て見えていたし、躱すのも簡単だった。」
「俺も見えてたぜ?まあ、格闘の経験がないから躱すのは無理だろうけど。」
シルビアの動きに比べたらと、頷き合う。
「師匠のトレーニングを見ていた結果だな。レイフも型を覚えれば強くなると思うぞ。」
「マジで!?うわっ、やってみようかな、」
「はは、やってみようじゃなくて必須だから。FLAGメンバーとメイドには最低でも護身術を身につけてもらうんだよ。」
それはハヤトさんの提案から始まった事らしい。
「じゃあ、エリーもやってんの?」
「一応な。研究員は必修の護身術を身につけてる。メイドはもう一段上の
「なるほど。FLAGに身を置くとはそういう事なんだな。」
危険なのは隊員だけとは限らない。
この4年間、シルビアが別人を装っていた理由もそこにある。
「レイフ、しっかり学べよ。」
「お、おう。まさか本格的にやる事になるとはな……。」
柄じゃないと頭を掻くレイフ。
それがシルビアの望みだと言うと、俄然やる気を出していた。
「じゃあ、レイフには基礎からやってもらおうか。ダンは……そうだな、実践稽古で完璧にモノにしてくれ。」
「完璧に……か。はは、宜しく頼む。」
完璧主義の俺を見越した発言。
昨日の話をソフィアに聞いたんだろう。
こうして、俺とレイフも格闘技を習う事になった。
翌日、マフィアのアジトに潜入すべく、シルビアとシャスタは出掛けて行った。
心配だが、シャスタがついていれば大丈夫だろう。
そう思っていてもやはり不安は消えない。
そんな不安を取り除いてくれるのはリリィだけであり……
結果、シルビアの任務が終わるまで毎日リリィと話す事になる。
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