妹夫婦に憧れるお兄ちゃん
【全力で愛するお兄ちゃん】
「ダン兄ちゃん、使ってない眼鏡ってある?」
「眼鏡?何に使うんだ?」
「んー、顔を隠す為?」
「変装って事か?」
頷いたシルビアが説明を始めた。
いずれはFLAGに戻る為、素性がバレないようにするのだと言う。
これからは、本来の自分とは全く違うシルビアを演じていくらしい。
「本来の自分か。どんな奴だったんだ?前世のお前は。」
「バトル好きで困ってる人をほっとけないタイプ?」
シャスタとタッグを組み、悪党を倒してきたと話す。
「マクファーソンは最強の格闘家だったわ。ああ、シャスタと組み手したーい……。」
組み手がしたいと言いながら、なぜか恍惚としている。
怪訝な顔で見ていると、ハッとしたシルビアが笑っていた。
「あはは、夜のシャスタを思い出しちゃった。」
「っ、言うな!お前にはまだ早い!」
「えー。言っとくけど私、記憶だけならダン兄ちゃんよりずっと年上よ?結婚もしたし子供も産んでるんだから。勿論、その過程もたっぷりしてるわよ?」
ニッと笑うシルビアにかぶりを振る。
どうやらマクファーソンはお淑やかさも慎ましさもない女らしい。
「お前に付き合わされていたシャスタが可哀想だな。」
「あら、シャスタから迫って来るのよ?あんなに求められたら拒めないわ。あは、拒む気なんて全くないけど。」
少し大人びた顔で笑うシルビア。
多分、これがマクファーソンなのだろう。
「もういい。今のお前はハウエルなんだ。間違っても前のお前を出すんじゃないぞ。」
「……うん。前の私に戻るのはロスに行ってからにする。そうじゃないと……みんなに危険が及ぶから……。」
夫婦生活の話を逸らすつもりで言ったのだが、そんな言葉が返って来た。
「俺達を守る為に変装するのか……?」
「ん……。潜入捜査が主な任務だから、身元がバレると家族が狙われちゃうのよね……。」
そう言えば、それが原因で死んだと言っていたな。
「そうか……。バレないよう頑張れよ。眼鏡は好きなの使っていいからな。」
「うん。ところでダン兄ちゃん、何やってるの?」
小道具箱の中を漁りながら尋ねられ、調べ物をしていると答えた。
「今のFLAGがどうなっているか、ネットで検索を」
「駄目よ!すぐ切って!」
俺の言葉を遮り、血相を変えてパソコンを操作し出した。
「何だいきなり!」
何も答えず集中している。
「よし、これで大丈夫だわ。多分……。」
何をしたか分からないが、まるでハッカーのようだった。
「何が大丈夫なんだ?」
「シャスタの追跡。変にアクセスして、私の存在がバレたら困るの。」
「困る理由がどこに──もしかして俺達のせいか?20歳まで行かせないからか?」
深刻そうに頷いたシルビアが、すぐに笑顔を見せた。
「20歳前の私を見せたくないのよ。今会ったら子供扱いされちゃうわ。」
「子供扱いって、する訳ないだろ?」
「多分するわ。私、鏡に映った自分の顔を見てソフィアだと思ったもの。」
娘を溺愛していたシャスタだから、同じ感覚で扱われそうだと苦笑していた。
「溺愛されるなら恋人として溺愛されたいの……。前みたいに、激しく情熱的に──」
再び恍惚とした顔。
こいつらの夫婦生活はかなり濃厚だったとみえる。
激しく情熱的なシャスタの愛……。
どれだけシルビアを愛しているのか、直に見てみたいものだ。
そうだな。
とびっきりの美女に変装して騙してやろう。
騙されて誘惑されるようなら、シルビアの恋人として認める訳にはいかない。
「ダン兄ちゃん、何か良からぬ事考えてるでしょ。」
「はは、まあな。それよりお前、ハッカーだったのか?」
「ううん、それはシャスタの仕事。私はただコンピュータに強いだけ。」
強いだけじゃないだろう。
一体どんな人物なんだ?マクファーソンは。
「なあ、マクファーソンは調べても良いか?」
「んー、駄目。調べるなら4年経ってからにして。危険を冒したくないの。」
「じゃあ、もう少し教えろ。マクファーソンの事。」
「そうねー……」
もったいぶるように話し、選んだ眼鏡をかけるシルビア。
「マクファーソンは天才科学者よ。そして武術の達人。言わば、文武両道ね。」
言い切ったところを見ると、冗談ではなく事実なのだろう。
「今のお前もそれを引き継いでるのか?」
「ええ。鼻が高いでしょ?優秀な妹を持って。」
可愛く笑うシルビアは俺の自慢の妹だ。
そこに天才的な頭脳が加わったら──
「ああ、兄ちゃん自慢の最高の妹だ。」
「へへ、ありがとう、ダン兄ちゃん。」
頭を撫でられるシルビアは、今まで通りの幼さ残るシルビアだった。
前世の記憶があっても、俺の妹である事に変わりはないのだと、嬉しくなって頭を撫で続けた。
普段は甘えん坊で、時折大人の顔を見せるシルビア。
シャスタの話をする時は決まって女の顔になる。
兄としては面白くないが、2人の恋愛には憧れる部分もあった。
「ダン?どうかしたの?」
声を掛けられハッとする。
隣に座るリリィが心配そうに顔を覗き込んでいた。
公園でのいつもの人間観察の時間。
リリィ曰く、観察している様子はなく、思い詰めたような顔をしていたらしい。
「ちょっと考え事をしていた……。」
「何を考えてたの?シルビアちゃんの事?」
家で何かあったのかと、心配そうに尋ねるリリィ。
その顔をジッと見る。
「リリィの事を考えていた。」
「!」
予想外の答えだったのか、真っ赤になって焦っている。
その様子が可愛くて、笑みが浮かんでしまった。
「その顔、
「心外だな。今のは可愛くて笑っただけだ。リリィの事を考えていたのは本当だからな。」
「かっ、」
再び焦るリリィ。
普段言わない事を言っているからだろう。
自分でも、なぜ口に出しているのか分からない。
ただ、リリィを失う事を考えていたら──伝えられる時に伝えなければと思った。
「どうして急にそんな事……。それもシルビアちゃんの影響?」
真っ赤になりながらも、俺の異変を気にしていた。
「まあ、少なからずはな。あいつのノロケは濃厚なんだよ。前世のあいつは俺達より大人だったからな……。」
「の、濃厚って、」
恥ずかしそうな顔にドキッとした。
はは、いたぞここに。
シルビアより可愛い生き物が。
「濃厚はともかく、俺はあいつらみたいになりたいと思う。」
「なりたいって、どんな風に……?」
それには答えず、リリィの肩を抱き寄せた。
焦るリリィの頭にキスを落とし、見上げた彼女に微笑んで……
「リリィを全力で愛してやる。死別はいつ訪れるか分からないからな。」
勿論、来世で会える確証もない。
俺達には、シルビアのように約束された未来はないのだから……。
「だからリリィとの時間を大切にしたい。一緒にいる時はこうして触れ合っていたいと思う。」
真っ赤な顔のまま頷くリリィ。
正直恥ずかしいが、死別を経験したシルビアの話を聞いてしまったら──愛する者を全力で愛さずにはいられない。
そんな恋愛をしていたあいつらに、その恋愛に、俺は憧れている。
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