【妹に影響されるお兄ちゃん】
「お母さん、指輪出してくれる?」
「はい、どうぞ。」
受け取ったシルビアが幸せそうに微笑む。
「私達の結婚指輪……」
そう呟き、左の薬指にはめた。
そんな事をしたのはこれが初めてで、俺達は黙ってその様子を見ていた。
だが、サイズが合わなかったらしく、不思議そうに指輪を眺めている。
「何で合わないの……?」
あり得ないと呟くシルビアに、肩をすくめる俺達。
「シルビアちゃん、貴女はまだ16歳なのよ。」
「指も成長途中って事だな。」
「あ、そっか……。」
前世の記憶が勘違いさせたのだろう。
ゆるゆるの指輪を見て悲しそうにため息をついていた。
「シルビア、私達からのプレゼントだ。開けてみなさい。」
「え?あ、うん。ありがとう、お父さん。」
いつもは指輪に気を取られ、プレゼントを開けるのは翌日がほとんどだった。
開けろと言われ、首を傾げながら開けたシルビアが、プレゼントを見て笑顔になる。
「ありがとう!お父さん、お母さん!」
「どう致しまして。お店に行って交換してもらったのよ。」
準備していたプレゼントを、交換して来たという両親。
箱から取り出した物を見て、俺達も納得した。
「ふふ、シャスタとお揃い……。」
チェーンだけのネックレスに、指輪を通して着けたシルビア。
指輪をいじりながら、幸せそうに微笑んでいる。
「お母さん、ネックレスって事はずっと着けてて良いの?」
「ええ。シャスタちゃんとの結婚指輪なんだもの、肌身離さず持っていたいでしょ?」
「うん!ありがとうお母さん!」
余程嬉しいのか、お礼ばかり言っていた。
そんなにそいつが好きなのか?
「シルビア、シャスタってどんな奴なんだ?」
「え、聞く?聞いちゃう?」
ニッと笑うシルビア。
話したくて堪らないといった顔だ。
どんな奴か知りたかったし、見定める為にも聞こうと思ったのだが……
「シャスタはね~、頭が良くて物知りで~、顔も性格も最高で~、」
聞いてすぐに後悔した。
延々と続くノロケに耳を塞ぎたくなった。
「でも最初はコンピュータだったから、触れ合う事も出来なかったのよね……。」
「コンピュータか……。神ならではのミスだな……。」
普通ではあり得ない現象が、奇しくも神の存在を証明していた。
信心深い両親は神に興味津々だったが、ノロケてばかりのシルビアが神の話をする事はなかった。
機械を愛した人間──。
世間にはどう見られていたのだろう。
残酷とも言えるその人生を生き、死んで生まれ変わり、またそいつと愛し合う。
そんな人生を二度経験し、再び生まれ変わったシルビアは変わらずシャスタを愛している。
凄いじゃないか……。
機械だろうが人間だろうが、関係なく愛し合う2人に衝撃を受けた。
ナイチンゲール症候群を疑い、長い間ためらっていた自分が情けない。
リリィはリリィでしかないというのに……。
「お前にとってシャスタとは何だ?」
無意識に出た質問だった。
言った後で、そんな質問をされても困るだろうと思ったが、シルビアは即答した。
「シャスタは私の一部よ。私とシャスタは2人で一つなの。」
命の終わりがない限り、2人が離れる事はないと言う。
ならば見届けよう。
シルビアとシャスタの再会を。
2人が夫婦となって幸せに暮らすのを。
俺達が結婚するのはそれからだ。
幸い、両親も結婚について何も言ってこない。
というか、みんなリリィに関心がないらしい。
誰一人として彼女の事を尋ねる者はいなかった。
だがそれは当然の事。
俺達ハウエル家にとって、未来の嫁より優先すべきは奇跡の子シルビアなのだから──。
「私もそれが良いと思う。2人の幸せを見届けてからじゃないと神様の罰が当たるわ。」
「悪いな。早くて4年だから、それまで待っててくれるか……?」
リリィの顔色を窺うように尋ねる。
正直不安だった。
俺の我が儘で4年も待たせてしまうのだから。
「勿論待てるわ。結婚が延期になるだけでダンとはいつでも会えるんでしょう?」
「ああ、そこは変わらない。はは、良かった……。」
心底ほっとした。
待てないからと、別れを切り出されなくて本当に良かった。
「ねぇ、ダンの方こそ無かった事にしたりは……」
「する訳ないだろ。言っとくが、俺は生半可な考えでプロポーズした訳じゃない。シルビアの言葉を借りれば、リリィはもう俺の一部なんだ。リリィ以上に愛せる女は金輪際現れないし、離すつもりも毛頭ないからな?」
気づけばリリィは真っ赤になっていた。
嬉しそうな、恥ずかしそうな、驚いたような顔で──
待て。俺は今何を言った?
リリィの反応からすると、とんでもなく恥ずかしい事を言ったのでは……
「シルビアちゃんに影響受けた……?」
「う……。か、かもな……。」
互いに赤くなり、苦笑した。
これから更に影響を受けるとは、この時は思いもしなかった。
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