妹の前世を知ったお兄ちゃん
【前世の記憶】
「父さん!母さん!兄貴!シルビアが変だ!」
20日の朝、庭からレイフの叫び声が聞こえて来た。
台所にいた母親が食卓に顔を出し、何事かと俺と父親に問い掛ける。
勿論俺達に分かるはずもなく、肩をすくめているとレイフが駆け込んで来た。
「シルビアがカンフーしてる!何の達人だよあれ!」
「落ち着けレイフ。言ってる意味が分からない。」
興奮気味のレイフを落ち着かせ、椅子に座らせたところにシルビアがやって来た。
「おはよう、シルビアちゃん。レイフちゃんが何か言ってたけど、庭で何かあったの?」
「えーと……」
何だその気まずそうな顔は。
畑の作物でも荒らしたのか?
「あの……大事な話があります……。」
「何で敬語なんだよ。お前、本当にシルビアか?あの動き……まさかそっくりの偽者か?」
レイフの問い掛けに首を振るシルビア。
偽者の訳はないだろうが、何となく雰囲気が違った。
何というか、落ち着いた感じというか、大人びているというか、そんな感じだった。
「驚かないで聞いてね……。実は私──」
は?
何を言ってるんだ、こいつは。
前世がどうとか、天国がどうとか、何の空想だ?
「前世って、お前……指輪に感化されてるんじゃないのか?」
「違うわ、ダン兄ちゃん。私の前世はシルビア・マクファーソで、その前はシルビア・クレルモンだったの。指輪に刻まれたSはシャスタの事で、私達はその時代時代を愛し合って来た……。」
前世の記憶があると言うシルビア。
何も言えずにいる俺達に、あいつは全ての経緯を話して聞かせた。
「神様のミス……?」
「コンピュータが人間に……?」
「試練に転生……?」
「それが本当だとしたらお前は……」
そいつの所に行ってしまうのか……?
俺達を置いてこの家を出て行くのか……?
本当の事だと言ったシルビアが改まってお礼を言い出した。
今まで育ててくれてありがとうだと?
まさか本当に出て行く気なのか?
「じ、じゃあ、行っちゃうの……?この家を出て……ロスに……?」
そんな訳ない。
シルビアがそんな事する訳……
「い、嫌よ!シルビアちゃんがいなくなるなんて!行かないで!お願い!」
謝罪しているシルビアを見て、俺達は何も言えずにいた。
あまりにも急すぎる別れに、正直ついて行けてない。
泣き叫ぶ母親に、夫と娘が待っているからと、悲しそうに話すシルビア。
何なんだ、これは。
一体何が起こってるんだ?
「アンナ……私達が望むのはシルビアの幸せだろう?」
父親が母親をなだめ、シルビアを送り出そうと言っている。
確かに俺達もシルビアの幸せを望んでいるが……
何で今なんだ?
急すぎるじゃないか。
可愛い妹を16で手放せと言うのか?
冗談じゃない!
せめて大学を出るまで、いや、20歳になるまで放したくない!
「分かったわ……。シルビアちゃんの幸せの為ですものね……。」
馬鹿な!何で納得できるんだ!?
溺愛する娘をそう簡単に手放すのか!?
「母さ」
「でも20歳まではここに居て。20歳になったら笑顔で見送るから……。」
俺が言うまでもなく、そう願い出た母親。
少し考えたシルビアが答えを出す。
「分かりました。ではあと4年……よろしくお願いします。」
何で他人行儀なんだよ。
軽く頭を叩いてやった。
「何がよろしくだ。ここはお前の家だぞ?他人行儀な事を言うんじゃない。」
俺の言葉にハッとしている。
家族全員の顔を見て、何かを考えていた。
「ダン兄ちゃん……。うん……そうだよね……。ここは私の家で……みんなは私の家族だもんね……。」
「そうよ。シルビアちゃんは私達の娘なんだから。」
「そして俺らの可愛い妹だ!なあ、兄貴。」
「ああ。お前が20歳になるまで、家族の思い出をたくさん作ろうな……。」
父さんはただ頷くだけ。
実際、一番ショックを受けていたのは父さんだろう。
「さあさあ、朝ご飯にしましょう。ほら、座って。」
話がまとまり、笑顔で朝食をとっていたのだが、時計を見た瞬間血の気が引いた。
「遅刻だ……」
「え、遅刻?って、嘘!バスの時間どころか授業が始まってる!」
「シルビア!お前のせいだぞ!」
慌てる3人の子供を傍観するロナルド。
「父さんは!?急がなくて良いのか!?」
「父さんは休みだ。」
「うわっ、ずるい!」
いいから急げと笑うロナルド。
「シルビア!ヘルメット被れ!」
「うん!ありがとうお兄ちゃん!」
ゼットで出発した2人を見送り、ダンも車で出発する。
この日、子供達は人生初の遅刻を経験した。
「リリィ。そういう訳だから、悪いが今日は……」
誕生日に招待できないと話す。
行きたいとせがまれるだろうと思っていたが、リリィは静かに頷いた。
「シルビアちゃんには何か重要な使命があるのね……。そうでなければ神様直々に試練を与えたりはしないわ。」
どうやらシルビアに対する見方が変わったらしい。
「20歳になるまでの4年間はハウエル家の試練になると思うの。だから私もシルビアちゃんには接触しない。」
「接触しないって……」
「使命の邪魔になっちゃいけないでしょう?」
信心深いリリィにとって、シルビアは俺の妹や奇跡の子ではなく、神の使いとなった。
「そうか……。まあ、しばらく様子を見てみるよ。大丈夫そうなら会うのも可能だろう。」
とんでもないと言ったリリィだが、いずれは家族に紹介するのだからと言うと、恥ずかしそうに頷いていた。
だが、その日が来る事はなかった。
いつも通り開いた誕生パーティーで、シルビアの過去──前世の話を聞いた俺は考えを変える事となる。
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