【ベネットさんは騙せない】

俺達が正式に交際を始めたのは一つ歳を重ねてからだった。


リリィの積極性は俺を落とす為のものだったらしく、俺が完全に落ちてからは思っていた通りの女に戻っている。


元々お淑やかな彼女が、なぜ積極的になっていたのか。

一度聞いた事がある。



『ダンの目にはシルビアちゃんしか映っていなかったでしょう?それなのに見覚えがあると言われたら……ふふ、待ってるだけじゃいられませんよね。』



どちらかと言えば控えめな彼女が、そこまでして想いを遂げたのかと驚いた。

驚いて、感激した。

先に惚れたのがリリィだとしても、惚れた女にそこまで想われたら嬉しいに決まってる。


今はまだ二番だが、いつかシルビアを超えたら──



「え?悪い、聞いてなかった。」



「一緒に選んだプレゼント、喜んでたかって聞いたの。」



「ああ、プレゼントか。多分喜んでるんじゃないか?」



多分と聞いたリリィが顔をしかめる。

渡した反応を見ていないのかと、無言の圧力がかかった。



「ちゃんと渡したからな?渡したけど、あいつの興味は指輪にしかないんだ。」



誕生日当日のあいつは指輪しか目に入らない。

ティーンになり、男に興味を持ってからは尚更だった。


指輪に刻まれたSのイニシャルを持つ男。

今年はそいつに興味津々だった。

前世の夫だから当然かも知れないが、兄としては面白くない。



「指輪って何の指輪?おばあさんの形見とか?」



「いや、あいつが握って産まれた指輪で──」



しまった。

考えながらうっかり言ってしまった。

案の定、リリィの目は見開かれ……



「シルビアちゃんが奇跡の子なの!?ああっ、だからハウエル家は彼女を溺愛してるのね!?」



興奮MAX状態。



「それも理由の一つだが、溺愛してる一番の理由は可愛いからだ。」



「奇跡の子に会いたい!会わせて!シルビアちゃんに会わせて!」



聞いてないし。



「会った事あるだろ?今更じゃないか。というか、会わせたくない。」



「どうして!?今更なら会っても良いでしょう!?」



冗談じゃない。

会わせたら取られるじゃないか。


とは言えない為、ごまかす事にした。



「リリィが俺の一番になったら会わせてやる。」



「い、一番……?」



一気に赤くなるリリィの顔。



「私が一番になれるの……?ダンの一番に……?」



「いつかはなるんじゃないか?」



ニッと笑えば嬉しそうな顔。

見事ごまかす事に成功し、これ以降会いたいとせがまれる事はなくなった。



それから2年が経った8月某日。


公園で待ち合わせをした俺はリリィの到着を待っていた。



「これで気づいたら完敗だな。」



気合いを入れた変装。

ゾンビ以上に元が分からない程の特殊メイク。

原型すら残っていないこの変装を見破られたら──


来た!

はは、探してる探してる。


キョロキョロしているリリィを目の端に入れながら、別人になりすまして演技を続ける俺。



「おじさん、これいくら?」



「そうだなぁ、お嬢ちゃんになら3ドルで売ってやるよ。」



「ほんと!?じゃあ買うわ!」



「はい、毎度あり。」



って、まさか小道具が売れるとはな。

どうせなら値を上げて稼ごうか……。


っと、マズい。

今のやり取りが目を引いたらしい。


いや、マズくはないんだが……予定より早まってしまった。


さて、どっちだ?

俺に気づいたのか、ただ覗きに来たのか。

分かるまで成りきろう。

アクセサリー売りの露天商に。



「いらっしゃい、一ついかがかな?」



ジーッと俺の顔を見るリリィ。

バレたのか……?



「ゆっくり見せていただいても良いですか?」



「どうぞ。」



バレてないな。

商品をじっくり眺めてる。



「どれも素敵ですね。」



「どうも。買ってくれるなら安くするよ?」



「そうですか?それじゃ……」



買う気満々で眺め、どれにするか迷っている。


迷うのは当然だろう。

全部リリィ好みのアクセサリーだからな。


というか、気づかないんだろうか。

リリィなら気づくと勝手に思い込んでいたのかも知れない。


完璧な変装だと自負したいところだが、気づかれないのは少し悲しいな。



「ダン、お勧めはどれ?」



「お勧めかい?お勧めは──」



ハッとしてリリィの顔を見る。

どうしたのかと首を傾げていた。


まさか最初から気づいていたのか?



「俺だと分かってたのか?」



「ええ。撮影中らしいから知らない振りをしてたんだけど、うっかり名前を呼んじゃった……。」



何で分かるんだ?

というか完敗じゃないか。

リリィにはどんな変装も通用しないんだと悟ってしまった。


ため息をつき、リリィを見る。



「リリィ、お勧めはこれだ。」



ポケットから取り出した物を開けて見せた。

瞬間、驚きで口を押さえるリリィ。



「ダ、ダン、撮影中じゃないの……?」



「いや。ただの変装だ。」



何でと呟いている。

俺が差し出した物と、変装の意味を考えているらしい。



「これでバレたら渡すつもりでいたんだ。」



俺の変装が通用しない唯一の人間であり、今後彼女以上の存在が現れる事は決してない。


だから俺は決断した。



「リリィ・ベネット。俺と結婚してくれるか?」



形式通り片膝をついてのプロポーズ。

少し不安だったが、リリィは笑顔で承諾した。



「できれば素顔でして欲しかったわ。」



後からそう言われ、確かにそうだと笑ってしまった。


変装が通用しないリリィを騙したいと、気合いを入れて施したメイク。

それでも見破られたらプロポーズしようと、決意して挑んだ決戦の日。


騙せるか見破られるか。

プロポーズするかしないか。


そればかり考えていた為、素顔でのプロポーズなど頭には無かった。



「ダン、プロポーズしたって事は私が一番になったのよね?」



「そうだな。念願の一番になった感想は?」



「勿論嬉しいわ。それに約束もしてたでしょう?奇跡の子にやっと会えるわ……。」



奇跡の子……?

ああ、すっかり忘れていた。

だが、約束したからには会わせないとな。



「20日に会わせるよ。」



20日はシルビアの誕生日だ。

パーティーに招待する事を約束し、リリィはその日を心待ちにしていた。

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