【意外と積極的なベネットさん】
「なあ。いつから俺を見ていた?」
「ベンチに座ってからですよ?」
「いや、そうじゃなくて……。」
言いたい事を察した彼女が記憶を辿っている。
ひょっとして、かなり前からなのか?
「妹さんが来るようになってからかしら。」
「妹って……あいつが教会に行き始めたのは1歳からだから──12年前!?」
「ふふ、そうなりますね。」
その年月に驚きながら、最近まで彼女の存在に気づいていなかった事にショックを受けた。
日曜学校で共に学んでいたはずなのに、彼女がどんな子供だったのか全く覚えていない。
あり得ない……。
事故の影響で記憶が欠落してるのだろうか……。
「俺、脳に障害があるのか?君がいた記憶が全くないんだが。」
きょとんとしたベネットが、次の瞬間にはクスクス笑っている。
なぜ笑うのかと、訝しげに彼女を見た。
「あ、ごめんなさい。えーと、ハウエルさんの脳に異常はありませんよ。」
「だったらなぜ覚えていないんだ?」
「じゃあ、逆に聞きますね。日曜学校にいた他の子は覚えてます?」
覚えているに決まってる。
日曜学校にはたくさんの子供がいたからな。
……待て。
みんなの顔が浮かんで来ない。
誰かがいたのは覚えているが、それが誰なのか全く分からない。
「……やっぱり脳に異常が?」
焦った顔で彼女を見ると、笑って首を振った。
「弟さんと妹さんしか覚えていないんじゃないですか?」
「確かにそうだが……」
あの頃の俺は、レイフと2人でシルビアを見守っていた。
まだ歩けないシルビアに危険がないように。
よちよち歩きのシルビアが転ばないように。
俺達の可愛い妹に他の男が近づかないように。
「ふふ、可愛い妹さんですものね。私、お二人が溺愛している様子をずっと見ていたんです。」
改めて言われると少し恥ずかしい気もするが、可愛いものは仕方ない。
だが、それで理解した。
シルビアしか見ていなかった俺が、他の子供達を覚えているはずがないのだから。
「はは、俺達は妹が中心だったからな……。」
「私、そんなハウエルさんに惹かれたんですよ。いつか、妹さんにそそがれる愛情を私にそそいでもらえたらと……。そう思いながらハウエルさんを見ていたんです。」
「……12年前から俺を好きだったのか?」
申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
一方通行の片想いを12年もさせていたのだから……。
「いいえ、違いますよ。」
「は?」
思わぬ答えに間抜けな声が出てしまった。
「ハウエルさんを好きになったのは3年前からです。」
初めは普通の妹思いの兄だと認識していた。
徐々に普通ではないと分かり、その溺愛の仕方に笑う事もあった。
そのうち、家族を大切にしている人だと認識を変え──
「それで、私も妹さんと同じように愛されたいと思うようになったんです。」
「……そうなのか。ありがとう。」
俺に対する感情の変化を聞き、礼を言った。
3年前からでも想われている事に変わりはなく、素直に嬉しいと思ったからだ。
「お礼を言うのは私の方ですよ。私を覚えていてくださって、本当に嬉しかったんです。」
その言葉に首を傾げた。
日曜学校での記憶が全くなかったのに、覚えていたとはどういう事だ?
「天使だと思われた事は光栄でしたけど、見覚えがあると言われた事の方が嬉しくて……。」
「ああ、意識が戻った時の話か。あの時は本当に天使だと思」
慌てて口を塞ぐ。
何とも恥ずかしい台詞じゃないか。
咳払いをし、話題を変える。
「何で覚えてたんだろうな、君の事。12年も気づいてなかったのに。」
物覚えは悪い方じゃない。
大学にいる学生もそれなりに覚えている。
だが、日曜学校やミサに来る人達は別だった。
何年も通い続けているのに、ほとんどが認識できていない。
思い返してみると、最近になってようやく認識できるようになったらしい。
「妹さんが来なくなったからじゃないですか?」
「妹が……?ああ、そういう事か……。」
ベネットに言われて思い当たった。
シルビアが教会に来なくなり、俺の意識が守るべき対象から他に移った事が要因なのだろう。
「妹さん中心のハウエルさんですけど、今は私を見てくれてますよね。」
「まあ、ここには妹がいないし?」
ニッと笑って見せれば、ふふっと笑い返される。
俺達一家がシルビア中心なのは周知の事実。
あいつは何よりも優先される奇跡の子なのだから……。
「ハウエルさん、いつか私をハウエルさんの二番にしてくれますか?」
「二番?一番じゃなくて?」
「はい。一番の妹さんは越えられませんから。」
そう言って微笑むベネット。
嫌みではなく、本心から言っているらしい。
「二番……か。」
もうなりかけているのだが、それはまだ言わないでおこう。
今日1日だけでは分からないからな。
こうして一緒に散歩をしていれば、そのうちはっきりするだろう。
ナイチンゲール症候群ではなく、本当にベネットを好きなのかどうか──。
「二番になれるように、またご一緒しても良いですか?」
「!」
誘うつもりでいたところにこの言葉。
お淑やかに見えるベネットだが、結構積極的なのかも知れない。
微笑むベネットにたじろぐ俺。
何だか調子が狂ってしまう。
ともあれ、こうしてミサの後の散歩は2人の習慣となった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます