普通に交際しているお兄ちゃん
【ミサの後の散歩デート】
「ダン兄ちゃん、退院おめでと~。」
「ありがとう。寂しかったか?」
大きく頷いたシルビアの頭を撫で、久し振りの我が家を懐かしむ。
腕には若干の違和感が残っているが、そのうち消えると言われている。
「ほらほら、早く座って。お祝いしましょ。」
アンナに促され、席につく家族達。
全員が揃った食卓は会話が弾み、楽しい団欒となった。
パーティーも終わり、部屋に戻ったダンが机に向かう。
「不要にならなきゃ良いがな……。」
ずらりと並ぶメイク道具。
趣味の延長で身につけたメイクの腕と演技力。
趣味を仕事にできるからと、大学で更なる技術を身につけた。
「ポジティブに、か。」
必ず元通りになるからと、ベネットにも言われている。
その言葉を信じて前向きでいよう。
「……今日は金曜日か。」
ベネットの事を思い出し、今日が何曜日かを考えた。
日曜日にはナースではないベネットに会う事になる。
普段の彼女を知り、今のこの想いが変わらなければ交際を申し込もうと思う。
そう思い、一人苦笑した。
腕の事で悩んでいた俺が、いつの間にか女の事を考えていたのだから──。
そして迎えた日曜日。
家族そろって教会へ──
「レイフちゃんも行かないの?」
「ん~、バイク仲間とツーリングに行く事になってさ。今回はパスって事で。」
最初から行く気のないシルビアはともかく、レイフも行かないと聞き落ち込む両親。
「大丈夫だよ、お母さん。教会に行かなくても、私は神様を敬ってるから。」
教会よりも友達を取ったシルビアだが、神を敬う事は忘れていない。
その存在もちゃんと信じている。
「アンナ、祈りを捧げる場所はどこでも構わないんだよ。レイフもシルビアも信仰心はあるんだから大丈夫だろう。」
「父さんの言う通りだよ、母さん。それに早く行かないと時間に遅れる。」
「……そうね。じゃあ、行って来るわね。」
教会に向かった3人を見送り、シルビアがつぶやく。
「何だかそわそわしてた気がする。」
「ん?兄貴だろ?ずっと行けなかったからじゃないか?」
「あ、そっか。ダン兄ちゃん、真面目に通ってたもんね。」
「何気に信心深いよな、兄貴も。」
恋愛が絡んでいるとは夢にも思わず、神に感謝の祈りでも捧げるのだろうと笑う2人であった。
教会に入り、中を見回す。
ベネットを見つけた瞬間目が合った。
恐らく、いつも俺が来たのを確認していたのだろう。
にこりと微笑み、視線を外したベネット。
そっけなく感じたが、信心深い彼女が神を優先するのは当然だろう。
何事もなかったように俺も座り、ミサが始まるのを待った。
いつもと同じミサの風景。
いつもと違うのは、俺の視線がベネットを捉えている事。
気にもとめていなかったベネットという存在。
気にして見てみれば、その存在はとてつもなく大きかった。
入院中に、それほど大きな存在になっていたのかと苦笑する。
苦笑して、かぶりを振った。
退院した俺が見なければならないのは、ナースではないベネットだ。
入院中の事は忘れ、新たなベネットを発見しよう。
「ダンちゃん、帰らないの?」
母親に問われ、ハッとする。
彼女を目で追っているうちにミサは終わっていた。
「少しぼーっとしてた……。」
「退院したばかりだからな。ほら、掴まれ。」
差し出された父親の手を取り立ち上がる。
「歩ける?」
「大丈夫だよ。ぼーっとしてただけだから。」
大袈裟だと笑いながら、教会を出た。
ミサの間に陽は高くなり、暖かい日差しが降り注いでいる。
退院したばかりだし、久し振りに公園を歩きたいと思った。
「俺、少し散歩してから帰るよ。」
「そう?無理はしないようにね。」
頷き、両親を見送った俺はその場にとどまった。
どうせなら、一緒に歩こうと思ったからだ。
「ベネット。」
出て来た彼女に声をかける。
振り向いた彼女は小さく驚き、すぐに笑顔を見せた。
「ハウエルさん、もしかして私を待っていてくれたんですか?」
肯定するのが恥ずかしく、言葉が出て来ない。
「ふふ、そんな訳ないですよね。願望が口に出てしまいました。」
恥ずかしそうに笑う彼女に首を振る。
「いや、待ってた。一緒に公園を散歩しないかと思ってな……。」
驚いた顔で俺を見るベネット。
恥ずかしそうに頬を掻けば、嬉しそうな笑顔に変わった。
「お誘いありがとうございます。喜んでお供しますわ。」
頷き、彼女と並んで公園へと歩く。
公園までの道や公園の中を歩く彼女は、散歩自体を楽しんでいた。
木々を飛び交う小鳥達。
足下に咲く草花。
そこに集まる虫達。
小さな自然を観察し、一喜一憂していた。
「助けないのか?」
「はい。可哀想ですが、それが蝶の運命ですから……。」
目で追っていた蝶が蜘蛛の巣にかかり、悲しそうに見つめていた彼女はそう答えた。
「あっ、駄目ですよ。」
蝶を逃がそうとして止められた。
「蝶を助ければ蜘蛛の生きる糧を奪う事になります。可哀想でも、自然の摂理に従わなければなりません。」
「そう……だな。」
毅然と話す彼女に苦笑した。
信心深さとは、時には残酷なものだと俺は思う。
「少し座ろうか。」
「はい。あの、どこか痛みとかありませんか?」
「いや。ああ、単に座りたいと思っただけだから。」
退院したばかりの俺を気遣っているのだろう。
笑って答えると安心していた。
「何かあったらすぐに言って下さいね。」
頷き、ベンチに並んで腰掛ける。
そのまましばらく無言でいた。
というか、観察していた。
公園で遊ぶ子供達や、彼らを見守る親達。
ランニングをする人や、犬の散歩をしている人。
ベンチで休んでいるオフィスワーカー達。
彼らの行動を観察する事により、俺は自らの演技力を高めている。
いつもの習慣で観察していたが、仲良さげな恋人達を見て思い出した。
隣にベネットがいる事を……。
「すまない……。」
「え?」
何の謝罪かと首を傾げるベネット。
観察に集中していた事を話すと、笑って首を振った。
「その間、私はハウエルさんを観察していました。間近でじっくり見られるチャンスって、なかなかありませんもの。」
「観察って、」
笑う彼女に赤くなる。
その視線に全く気づいていなかった。
もしかして、俺はものすごく鈍い奴なのだろうか……。
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