【ベネットさん、優秀でした】

彼女が病室を出て行き、一人になった俺は天井を見つめた。



「錯覚か本物か……」



彼女に好意を持っている事は確かだが、この関係が終わっても続いているだろうか。



「神のみぞ知る──だな。」



退院しても、彼女とは毎週日曜日に必ず会える。


病院から離れ、教会で顔を合わせる中で俺の気持ちに変化がなければ認めよう。


ベネットに惚れている事を──



「ああ、ファーストネームを聞き忘れた。」



それも含め、まずは彼女を知る事から始めよう。

現時点で分かっているのは、ベネットという姓とナースをしているという事ぐらいだ。


入院中に聞こうと思っていたが、俺が聞くまでもなく彼女の方から話してきた。

自分の事を知って欲しいらしく、さり気なく伝えて来る。


点滴を交換しながら。

検温をしながら。


配薬のついでに。

巡回のついでに。


押し付けがましくなく、さり気なく。

挨拶や雑談の中に織り交ぜ、ついでのように自分の事を伝えていた。


俺に惚れているというベネットだが、公私混同は一切していない。


ナースとして。

患者として。


入院中、俺達の間にそれ以上の特別な関係はなかった。



「20歳?」



「はい。19歳で看護士になりましたから、まだまだ新人ですよ。」



「俺の一つ下だったのか……。」



「そうなりますね。じゃあ、終わったらコールして下さいね。」



点滴の交換をしながら交わした会話で、彼女の年齢と経歴が分かった。


年上だと思っていた為、正直驚いた。


ナースだから落ち着いて見えるのか。

彼女自身が大人っぽいのか。


今の俺はナースとしてのベネットしか知らない。

仕事を離れた彼女はどんな女性なのだろう。



「ダン兄ちゃん!具合はどお!?」



可愛い妹の登場に、俺の意識が全部持って行かれた。



「まあまあだな。一人で来たのか?」



シルビアの後ろを見ながら尋ねる。

一人でこんな所まで来たら危ないじゃないか。



「ううん、カレン達と来たの。ダン兄ちゃんの貴重な姿を見たいんだって。」



ニッと笑うシルビアにため息をついた。

確かに貴重かも知れないな……。



「好きなだけ見ろ……。」



言い捨てるように話し、力を抜いた。

直後、入口から顔を覗かせるピート。



「先に聞きますけど……仕返しは無し?」



「無しだ。」



「っしゃあ!行くぞみんな!」



仕返しが無いと分かった途端、笑顔で入室する3人。


そんなに嫌なのか?

俺の仕返しは。



「ダンさん、頭刺されなくて良かったですね。かなりリアルだったんでしょ?」



「かなりじゃなく完璧だった。次のハロウィンで披露してやるよ。」



「泣く子が続出ね。」



カレンがかぶりを振っていた。


だが、ハロウィンは俺の見せ場だ。

子供が泣こうがやめる気はない。



「でも良かったですね。外傷だけで済んで。メイクのお陰で顔は無傷だし?」



クレアの言う通り、頭は打ったが顔に傷はない。



「そこは助かったよ。俺の商売道具だからな。」



仮に傷があったとしてもメイクで隠せるが、それでは変装の幅が狭まってしまう。


だからその点は神に感謝している。



「商売道具って、遊びの延長でしょ?顔より腕の怪我を心配してよ。それこそ商売道具なんだから。」



シルビアの言う通りだった。


大学を卒業したら特殊メイクの腕で食って行くつもりでいる。

インターンシップ先でも期待されている為、就職先はもう決まったようなものだと余裕でいた。


もしも腕が駄目になっていたら、俺の人生は終わっていただろう。



「そうだな。骨も神経も無事で良かったよ。そこも神に感謝しよう……。」



「うん。感謝して、早く退院できるよう祈ろう?ダン兄ちゃんがいないと寂しいし……。」



「そんなに寂しいのか?」



頷いたシルビアの可愛さに顔がほころぶ。

こんなに可愛い生き物が他にいたら教えて欲しい。



「ダンさんも相変わらずですね。シスコンでも彼女って出来るのかしら。」



呆れ気味のカレンに苦笑した。

妹を溺愛していても女に惚れる事はあるだろう。


現に、俺は今ベネットに惚れている。

……多分。



「ダン兄ちゃんに彼女ができたら私も彼氏作るんだ~。」



「それは許さない。」



笑うシルビアに即答する。

13歳で彼氏なんて早すぎるだろう。


恋に恋する年頃だから、そこは断固妨害してやる。



「ティーンなんだから良いでしょ~?もう、早く彼女作っちゃってよ。」



俺に彼女ができたら許されると思っているらしい。



「甘いな。それとこれとは話は別だ。」



「ダン兄ちゃんのケチ。」



ぷくっと膨れても可愛いだけなんだがな。

まあ、ベネットの事もあるし、ちゃんと言い聞かせよう。



「あのな。俺はお前の為を思って言ってるんだ。」



軽はずみに付き合って、将来本当に好きな相手が現れた時に後悔しないように──


そう話しても膨れたままだった。



「だったら条件付きで認めてやるよ。」



「ほんと!?」



「ああ。条件は指輪を持ってる奴にする。お前の指輪の片割れをな。」



その条件にあ然とするシルビア。



「ダンさん、それあり得ないでしょ。そんな奇跡、そうそうある訳ないし。」



「ピート、あり得ないからその条件にしたのよ。」



「ほんと。シルビアが可哀想だわ。最初から許す気ないのよ。」



はは、3人の言う通りだ。



「っ、ダン兄ちゃんのバカ!」



ニヤついた俺を見てシルビアもその意図に気づいたらしい。


だが、俺は認めるつもりでいる。


例え指輪を持っていなくても、シルビアを大切にする奴なら認めてやろう。



「そんな事より、もう帰った方が良いぞ。遅くなったら父さん達が心配するだろ?」



「逸らした!ダン兄ちゃんが話を逸らした!」



「当然だ。お前の男の話なんて気分が悪くなる。」



2人のやり取りを見て、相変わらずだと笑うピート達。

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