【ナイチンゲールなあれ?】

ダンが意識を取り戻した日、家族全員に叱られたのは言うまでもない。

大嫌いとは言われなかったが、シルビアにもかなり怒られた。



「兄ちゃんが悪かった。だからもう泣くな。」



頭を撫でようとしたが、手が上手く動かない。


骨折も神経の損傷もない為、傷が治れば元通りになると言われているが……少なからず不安はある。



「……大丈夫だよ、ダン兄ちゃん。元通りにならなかったら私が治してあげるから。」



シルビアに言われ、ハッとした。

不安が顔に出ていたらしい。



「治す?お前、医者にでもなる気か?その成績で?」



「成績悪くないもん!頑張れば医者にだってなれるもん!」



この頃のシルビアの成績は中の上といったところ。


使命を持たない彼女は普通の女の子として暮らしている。

ティーンらしく、あの3人と毎日を楽しく過ごしていた。


そんな妹が、自分の為に医者を目指すと言っている。

まだやりたい事を見つけていない妹が、こんな事で将来を決めて良いはずがない。



「ちゃんと治るから心配するな。お前には……医者よりもなりたいものがきっとあるはずだから……。」



「でも!」



反論しようとしたシルビアをレイフが止めた。



「兄貴の言う通りちゃんと完治するさ。駄目でも医者に任せりゃ良いって。だから、お前は自分の好きな事をやればいい。」



レイフの言葉に両親も頷く。

彼女が本当に望む事なら応援するが、一時の感情で将来を決めて欲しくはない。



「分かった……。やりたい事が見つかったら、その時は反対しないでね。」



「ああ、その時はちゃんと応援する。」



「やりたい事が結婚になっても?」



ニッと笑うシルビア。

途端に眉間にシワが寄るダンとレイフ。



「「それは応援しない!」」



シルビアに近づく男達を秘密裏に排除している2人の行動は、彼女が16歳になるまで続けられていた。



「痛、」



叫び声が傷に響き、顔を歪める。



「ほらほら、ダンちゃん目覚めたばかりなんだから、休ませてあげないと。」



アンナが気を遣い、家族に帰宅を促した。



「あ、そうだ。記念に撮っとかないとな~。」



貴重な一枚だからと笑って撮影するレイフ。

嫌がるかに思われたダンだが、戒めにすると言い素直に撮られていた。



「じゃあね、ダンちゃん。ゆっくり休むのよ。」



家族が帰り静かになった病室で、今後の事を考えていたダンはいつの間にか眠りに落ちていた。


目覚めた時、そこにはナースがいた。

見覚えのある顔をしたナースが、また点滴の交換をしている。



「失礼だが、どこかで会った事が?」



「あら、起きたんですか?あ、もしかして起こしちゃいました?」



「いや。それより……君に見覚えがあるんだが、どこで会ったか思い出せないんだ。」



モヤモヤして仕方がないと、答えを促すダン。



「私ってそんなに印象薄いですか?毎週日曜日に会ってるんですけど。」



ふふっと笑うナースの顔をジッと見る。


アップにした髪を下ろし、普通の服を着た彼女を想像してみた。

そんな彼女を確かに見た事がある。


だがどこだ?

どこで彼女を?


毎週日曜日に──



「もしかして……教会か?」



「正解です。私はすぐに分かりましたよ?ゾンビのメイクをしていても、ハウエルさんだって事にすぐ気づいたんです。」



「俺に気づいた……?」



なぜ分かったんだ?


教会で何度か顔を合わせただけで言葉を交わした事もないのに。

しかも元が分からない程のメイクをしていたのに。


俺のメイクの腕がまだまだだという事だろうか……。


訝しげに彼女の顔を見れば、何となく頬が染まっている。


その表情にドキッとした。

こんな顔をした奴は──



「いや、まさかな。」



自惚れるなと自分に言い聞かせた。

天使のような彼女が俺に惚れている訳が──って、俺は何を考えてるんだ?



「大丈夫ですか?顔が赤いですね。熱が出たのかも……」



首筋に手を当てられビクッとする。



「いや、熱じゃない。これはドーパミンの過剰分泌による現象で──」



そう言った途端、彼女の顔が赤くなった。

ナースには通用しないごまかしであり、不覚にも彼女を意識している事が本人にバレてしまったのだ。



「期待……」



「え?」



彼女の言葉に聞き返す。

お互いの顔は真っ赤なままだ。



「期待しても良いですか……?」



「き、期待って、な、何を、」



俺がどもるほどに動揺したのはこの時が初めてだったと思う。

冷静さを保てなくなるほど動揺している事に、自分で気づいて更に動揺した。



「私、ハウエルさんのお世話ができて幸せなんです。だから……私の想いがハウエルさんに届けばと……」



「!」



落ち着け俺。


って、落ち着けるはずがない。

今まさに告白されているのだから。


しかも、いつもと違って意識している相手に告白されているのだから、動揺するなという方が無理だろう。


しかし、だ。


俺の方は今日まで彼女の顔しか知らなかった。

いきなり恋心を抱くのはおかしいだろう。


という事は……あれだな。

ナイチンゲール症候群だ。


だとすればこれは錯覚しているだけだ。

彼女に対して恋愛感情は抱いていない。


はずだ。



「すまないが、期待は無駄かも知れないぞ。」



「無駄……ですか?」



「恐らくはな。君はナースで俺は患者だ。このシチュエーションでの恋心は錯覚の可能性があるだろう?」



察した彼女が考え込む。

そんな彼女を見て、聡明な女性だと感心した。


恋心のなせる技なのか、俺の変装を見破った事にも感心していた。


それ程までに愛されているのだと思うと、俺の心は幸福で満たされて行った。


待てよ?

それってナースは関係ないよな。


だとしたら俺は……



「それでも期待しますわ。ナースではない私に振り向いてもらいます。」



微笑んだ顔に心臓が跳ねた。

やはり惚れているのかも知れない。



「それなら俺は……ナースではない君を知る事にする。」



強がり、ニッと笑って見せた。

このシチュエーションが引っ掛かり、素直に認められない自分がいる。



「はい。宜しくお願いします、ハウエルさん。」



「ああ。宜しくな、……ベネットさん。」



名札を見ながら改めて挨拶をする。

この時まで、俺は彼女の名前すら知らなかった。

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